2011年のフローラ

Friday, March 11, 2016

flora この絵のタイトルである「Flora」はギリシャ神話の女神の名前から由来する。元はクロリス(Chloris)という妖精だったが風の神ゼファーの愛を受け、花の女神フローラへと変身を遂げた女性だ。この作品はボッチチェリの代表作「春(La Primavera)」の右半分で展開される場面を現代的意匠でアップデートした作品である。 私はかねてから絵画の中で中世ヨーロッパの女性たちのお腹が膨らんでいることが興味深かった。当時の女性たちは皆一様にふくよかに描かれているが、それにしても腹部だけ異様に膨らんでいる。洋服のデザインのようだが、私には彼女たちが妊婦のように見えてならなかった。 2011年3月初旬、日本に帰国して初めての個展を控え、展示のメインである作品「Girls Start the Riot」を仕上げた私は残った短い時間でなにかもう一枚作品を描きたかった。オイルを描く時間はなかったから鉛筆で紙に描こうと思い、そこでふとボッチチェリのフローラを下敷きにしようと思い浮かんだ。フローラの持つストーリー自体がとても女性性が強く、平素フェミニンな切り口から作品を作る私の興味を強く引いたし、当時30歳になったばかりだった私もようやく自分の体内(胎内)にもう一つの生命を宿すことに対するリアリティーが湧き始めていたからだ。 ドイツで買った花柄のハイウエストのワンピースを着て、腹には綿を詰め、自らをモデルにして私はフローラに扮し絵画の中の彼女と同じポーズをとった。以前子どもを産みたての女性が手にその赤ん坊を抱いて全裸で壁の前に立つ写真を見たことのがあるのだが、彼女の内股には一条の血が稲妻のように走っていた。私はその写真に強烈な印象を受けて、出産ができる性の力強さの象徴のように感じ、妊婦フローラにも出血を描いた。妊娠と出血がパラレルで起きている絵になったがそれは流産を意味するわけではなく、あくまで強靭な生(性)を可視化した結果であり、絵画作品としての表現である。 描いている間に3月11日がやってきた。日常が崩壊した。その日はFlora(Study)に手を入れる気にはとてもなれなかった。 次の日から再び鉛筆を握った。電気が不足しているとのことから、アトリエの照明は最小限にしぼった。そのせいか出来上がった Flora(Study)は明度が低く、人物のプロポーションがおかしい。現代文明を享受し慣れ親しんだ煌煌と明るいアトリエから離れるとこうも作品の様相が違ってしまうものかと戸惑った。 2011年4月からの個展でFlora(Study)を発表後、私は同じものをオイルで描くことに決めた。こういう時だったからこそ女性のもう一つの生命を創り出せるという能力が尊く、何よりも必要なことに思えた。鉛筆より、より恒久性の高いオイルで作品を残す必要性があった。 後にChlorisという作品も派生的に描いた。こちらは出産する力強い女性というより、やはり元のストーリーに寄り添った、神に見初められ愛された女性の官能美がモチーフとなった作品だ。

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