「トラベラー」展を観てきました

Monday, April 23, 2018

IMG_7501 二月のエントリーでこの展示に出品されているカリン・ザンダー女史作品に音声で参加していることはお伝え済みですが、先日ようやく観に行くことができました。 一言で言って感動! 帰国後日本で観た展覧会の中ではトップクラスの内容でした。 平日のお昼頃に行ったので空いており、ラウシェンバーグがドクメンタ4のために制作した「至点」(のちに国立国際が収蔵)という作品の中を通過して体験できる整理券をいただけたり、全作品心ゆくまで堪能。 IMG_7569 途中中抜けをして仲良しの新聞記者さまとランチに行ったのですが、その方も「そこらへんの国際展よりずっと国際展」と太鼓判を押すほどのクオリティーと参加者の面々です。 すでに一回行った人たちが口を揃えてもう一度行きたいと言っている理由がよーーくわかりました。 内容が良いからというのはもちろんですが、映像が多く、きちんと見ようと思ったら1日じゃ無理です笑 リピーター割引もあるので、これから行かれる方は二回に分けてもいいかもしれませんね。 なんにせよ開館40周年記念展でここまで攻めたロングランの現代美術展を敢行した国立国際さんには拍手喝采を送りたい。 現代アート慣れした私でも「そうきましたか」と驚いた展示方法など、実際足を運んで皆さまご確認下さいね。 繰り返しますが、この規模で、この内容の現代美術の展示を観れる機会は日本ではそう多くありません。アメリカやヨーロッパに行けば年中観られますが、それよりずっと安い交通費で観れるのですから、飛行機や新幹線に乗ってでも行く価値は十分あると思います。 このところずっと本物のアートが観たいと渇望していた私は、砂漠で水を得たような気持ちになりました。 「見せる:オーディオツアー」ですが、さすがザンダー女史、面白かった! (撮影許可をもらって会場の中を撮っています) IMG_7509 この作品プロジェクトはザンダー女史が欧州各地で発表したもので、11回目の今回、国立国際美術館に作品が所蔵されている現存の作家143名による音声作品が彼女の作品を形成しています。当たり前だけど錚々たる顔ぶれ!! どんな表現方法でも良いから自分の作品を音声データ化して提出してほしい、という要請だったのだけど、普段よく観ている作家の方達がどういう音で自分の作品を表現しているのかワクワクしながら、壁に記された番号をオーディオガイドにプッシュ入力しました。 IMG_7459 オーディオガイドに入力する番号と四カ国語で記された名前 IMG_7511 オーディオガイドにもきちんと名前と音声作品タイトルが出ます。 私のタイトルは「What It Feels Like For a Girl」 IMG_7508 制作している時の音、独白、音楽、様々な形でみなさん表現されていましたが、森村泰昌さんの「芸術家の嘘」(だったかな?)がユーモアとアイロニーに満ちていて面白かった。 個人的に知っている人、作品だけを知っている人、皆さんやはりその作家性に沿った内容で、ふふっと顔がほころびます。 国立国際のひとつシンボリックな作品として高松次郎の「影」という常設作品があるのですが IMG_7513 展示室に落ちる影がそれにそっくりで、小さな発見に嬉しくなりました IMG_7512 この展示で一番魅入ったのはテリーサ・ハバード/アレクサンダー・ビルラーの「Flora」というスクリーン両面を使った映像作品。 フローラとはジャコメッティが一時期恋愛関係にあった無名のアメリカ人彫刻家の女性のことで、片面ではそのフローラの実子の老人のドキュメンタリー、もう片面では若き日のフローラとジャコメッティの恋愛時代を白黒でドラマ化した映像が流れています。 30分の映像を両方とも観て、部屋を出るとすぐに今映像で見たジャコメッティ作品や二人の写真などがあり、二重の驚きと感動が用意されていて、あまりの完成度に舌を巻きました。 アブラーモヴィッチのパフォーマンス映像も相変わらず素晴らしかった。 彼女自身がその豊かな髪に櫛を通しながら「Art must be beautiful, artist must be beautiful」と言い続けるのですが、だんだんとトーンが激しくなり、髪をとく様子も痛々しく暴力的になり、アートとは、美とは、と問いかけられているようです。 アブラーモヴィッチはヨーロッパにいると目にする機会も多く、文字通り体を張った女性性や身体性を打ち出したパフォーマンス作品にいつも敬意を感じていて好きなアーティストの一人。 IMG_7510 今回ポスターにもなっているアローラ&カルサディーラの「Lifespan」というパフォーマンス作品、パフォーマンス自体は私は見ることができなくて展示されていた冥王代の小さな石だけ見てきたのですが、本展オープニングでパフォーマンスを見てきた知人の感想にハッとさせられたので書き記そうと思います。 知人は全くアートと関係ない人間でたまたま誘われオープニングに出向き、パフォーマンスがあるというので見てみたら、三人の男女が天井から吊るされた小さな石をふーふーと吹きあっているだけで、後から思い出すとあまりにもその様子がおかしくて笑ってしまったんだとか。 そうなんですよね、アートってアートというフォーマットで見ればすごくかっこよかったり高尚に見えるのだけど、そんなの知るよしもない一般的な感覚で見ると相当おかしなことが超真顔で展開されているんですよね。 私たちアートの人間がありがたがって神妙な顔で鑑賞している美術作品の多くが、外から見ればなかなかにして滑稽で爆笑案件であるという大前提を思い出させてくれる出来事でした。 先日の毎日新聞での鼎談で「現代美術が、文脈から離れた人たちにとって難しく感じられるのは、作家たち側の問題」という話題が出たのですが、その通りと思います。 鑑賞されて初めて美術作品として生まれることができるのに、世の中の99.98%くらい(←かなり適当な数字です)いるであろうアートと関係のない人たちの理解を排除してドヤっている状況は往往にして疑問です。 美術作品として完成度が高く、また文脈を共有していない鑑賞者たちにも理解が難しくないということは並行して実現可能なはずです。 少なくとも私はそういった作品を作りたいといつも願っています。 日本の社会とアートの距離の遠さについて議論している中で出てきた話題だったのですが、欧州くらい成熟していれば話は別ですが、これからの世代はそう言った意味で失われた何十年かを取り戻し、文化後進国とも揶揄される日本の状況をベターにしていく必要を感じています。 何はともあれ、大阪に行くこと自体とても久しぶりだったし、展示は最高で会いたい人には会えて、充実した大阪滞在でした。 美術館のある中之島エリア、都会なのに静かで好き IMG_7568 東京の都心ではもう見ることのできないレトロな喫茶店などが現役で営業していたり、どこかノスタルジックな雰囲気もあって、いつも仕事関係でくるからゆっくりできないけどいつか大阪をのんびり探訪したいなぁ

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