show your wound

Saturday, September 17, 2011

IMG_0194_1
ベルリンは石を投げればアーティストに当たると揶揄できるほど、そこいら中にいた。
パリももちろん多かったし、何より欧州では芸術は特別なものではなく日々触れるものだった。
週一回ないしは月に一度市民に美術館は無料で解放され、ベビーカーに乗った子供からお年寄りまで気軽に鑑賞しにやってくる。
日本に帰ってきてもう一年以上経ってしまったけど、芸術がこの地においてごく一部のインテリと愛好家たちのためのマイナー競技という認識が跋扈している状況に寂しさを覚える。

芸術が遠い存在になってしまう理由は日本人の自分だけの意見を持つ事に対する恐怖が深く関係している。
事なかれ主義、右へ習えの精神の表れだ。他人と違う意見を言う事が怖い。だから解釈が多義になる芸術は地雷の宝庫というわけだ。
確かに芸術と言われるものすべてにおいて正しい意味を掴むためには、一定の知識を必要とする。
しかしそんな事はある程度慣れた蔵人にとっての話で、知識などなくてもその作品を見たり聴いたりした時に自分の気持ちがどういう反応をしたか自由に述べる権利は万人に与えられている。
知識がないから目の前の作品にコメントをすることを躊躇う。正しく読めていないかもしれないから意見を言う事が怖い。
特に現代美術は難解なものが多く、古典・近代すら理解できていない自分は完全な門外漢であるように感じる。
上記が普段芸術と触れる機会の少ない日本人がおよそ憂うであろう不安だ。

カテゴライズすれば私は現代美術という場所でペインティングの作家をしているわけだが、はっきり言って私でも理解できない作品なんていくらでもある。(後で述べるが、そんな事はちっとも重要ではない。)
聖書や神話、歴史などをテーマに美術作品が作られていた近代以前までのものを読み解くのは容易いが、近代化が進むとともに個人の物語を投影できるようになりどんどん複雑化した結果解釈の幅が飛躍的に増えた。
デュシャンが開いた現代の扉はさらにそこにインテリジェンスゲームの要素を加え、いよいよ美術は見手に頭でっかちな理解を要求しているように見える。

それでもやはりvisual artなのである。
visual=視覚による 芸術
見手が作品と対峙した瞬間に見えたもの、それがその作品の正体であり、すべてだ。
小難しい理屈は批評家に任せて、まずは好き・嫌いからでいい。
気持ちがどちらに振れようとも、その理由を考えてみる。
綺麗だから好き、モチーフが好みじゃないから嫌い、そんな感じでも良い。
そして映画の感想を言い合うように隣にいる友人に自分の思った事を伝えてみる。
主観で良いのだ。一人称で感想を語って良いのだ。

欧州の有名美術館でよく見られる風景だが、オーディオガイドの対象になっている作品しか見ない日本人観光客が多い。
限られた時間で美術館を訪れているツアー客なのだろうが、一通り有名な作品だけ見て、その後長々とミュージアムショップでその有名作品がプリントされたグッズを物色している。
遠く海外までおもむき、その物的証拠としてのみ機能するミュージアムグッズを買い込み、きっと日本で知人たちに披露するのであろう。
オーディオガイドの対象でなくとも素晴らしい作品ばかりが美術館には並んでいる。(だからミュージアムピースになっているのだ。)みんなが良いという作品じゃなくても自分の目だけが美しいと感じられるものあるだろう。誰もが知る名画も良いが、自分が見つけた作品も同様にスペシャルだ。
或るものを良いと思うメカニズムには必ず共感が潜んでおり、その作品に注意を引かれた理由を自分に問う事も美術を鑑賞する面白い点だ。
まるで鏡のように自分の事を教えてくれる。

ウイーンの美術館で見たのだが、クリムトなどの有名絵画を尻目に、おかしな虎の絵の前で喧嘩寸前にディスカッションしているオーストリア人中年夫婦がいた。
少し聴いているとその絵で感じた事の意見が分かれたせいでそこまで議論が白熱していた様子だった。
欧州の美術館では学校の遠足でよく使われるため、たくさんの可愛い子供たちが絵の前で座り込んで先生の説明を聞いたり、気に入った絵をスケッチしたりしている。
子供の頃から美術が身近だから意見を言い合う事はちっとも怖くないし、有名無名を問わず興味を持つ。
先述のような風景を日本で見られる日が来たら、日本の文化的成熟度もようやく西洋に追いつくのだろう。
はっきり言って日本は芸術後進国だ。
その昔「経済一流 政治は二流」(それも今や過去)なんて言われた日本だが、芸術は何流だろう。
物質的な発展にばかり気を取られ進んだ国は他国の尊敬を勝ち取らない。
優れた哲学や文化を生み出す国こそ世界中の憧憬の対象になる。
ルーブル美術館には一日平均四万人が訪れる。
フランスは芸術というコンテンツ一つでここまで人を呼ぶ事ができる。芸術以上にこんなに人を引きつけられるものはそうない。
国際競争力という言葉を使うようになって久しいが、芸術もそれに大きな一役を担える事に日本のお偉方が気付くのにはまだまだ時間がかかるのだろうか。
アジアでも、とあるお隣の国は今本気で欧米と渡り合える芸術家を育てる事に国をあげて挑んでいる。

私は作家にしては珍しく、作家以外の友人も多い。
彼らと話していると芸術家はまるで霞を食って生きているように思われている事がわかり、ここにもやはり日本でいう世間一般との見えない壁を感じてしまう。
私という個人や作品を通して一人でも多くに芸術とコミットする面白さを伝え身近にすることが、作家として生きて行く上での責務の一つであると考えている。

今日の写真はコンセプチュアルアート最大の作家であるヨゼフ・ボイスのハンブルガーバンホフ美術館での展示だ。
ボイスはそれこそ難解な現代美術の象徴のように思われがちな作家だが、その実とてもエモーショナルだし、彼のドローイングや立体は露骨なまで見手にテーマを訴えてくる。
IMG_0196_1
ここには「show your wound」(君の傷を見せて)と書かれている。
この作品を見て心がざわついたら、それが鑑賞の始まりだ。

ⓒ SAI HASHIZYME ALL RIGHTS RESERVED.

page top