barefoot @ metro station

Wednesday, April 27, 2011

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月曜日とある打ち合わせに出かける途中、前日に買ったばかりの12cmヒールのサンダル(すっっっっごく可愛い♥)のかかとのゴムがいつのまにやら取れまして…
駅の中の修理屋で直してもらっている時に、すっかり裸になった私の足。
誰が履いたかわからないスリッパをナマで履くのがイヤでこうして直るのを待っていましたとさ。
駅を行き交うスーツ姿の企業戦士たちの視線が素足の私にぞくぞく集まる。
駅員さんには場所を聞いた時、「いかにも君は修理が必要そうな靴をはいているね!」という表情で優しく微笑まれてちょっと照れました。
地下鉄の階段ではいつも「今うしろから押されたら確実に複雑骨折だな…。うちどころ悪ければ死ぬかも。」と生ぬるくないヒール靴を履いている私は考えてます。
あとよくメトロのホームのベンチでかかとの絆創膏を張り替えている私がいますが、見つけたら優しくしてください。
ブーツの季節が終わって、女性にとってまた靴づれに苦しむ季節がやってきました!
でもステキな靴いっぱいコーディネートできるからいいんだー♪♪♪
靴選びで悩めるなんて、冬には不可能だったし。出かけるときはいつも洋服より靴で悩む。
来月はルブタンのベージュピンクのラウンドトゥーパテントパンプスをぜったいゲットする;D
ちなみにこの新作のサンダルでこの日は閉まりかけた地下鉄に全力で走って乗り込み成功しました。なかなかの俊足&健脚でしょ。
自分でもよくこんなすごいヒールで転ばずに歩いたり走ったりできるもんだと感心してしまう。
でも電車の揺れにはめっぽう弱くて、周りの人よりひときわグラグラしているのだけれども。
もし私が私の後ろを歩いていたら絶対に隣にいる友達に「ねえねえこの人サーカスみたいな靴!」って指差すと思う。

ぼんやりとしたお知らせですが、今日水曜日と木、金曜日、都内某所で水彩を使った公開制作をしています。
お世話になっている絵の具会社に頼まれたお仕事で、普段まったく水彩を描かない私が制作にそぐわない恰好でせっせと描いています。

spring time

Saturday, April 23, 2011

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今我が家のハナミズキが満開でそれはそれは美しい。
やっぱりハナミズキはピンクに限ります。
ヨーロッパにはあまりなかった花。ていうかぜんぜんなかったかもしれない。
ちょっと前に咲いてた木蓮とかも数年ぶりに見た。
桜は意外と随所にあった。日本ほどの大木ではなくて中くらいのサイズ感だったけども。
花があふれるこの季節を素直に愛せるようになったのはごく最近です。

ヨーロッパは花が安い。
オランダが近いからかしら。
以前の私は季節に関係なく週に一度は生花を買っていました。
薔薇などは10本で4ユーロ弱とかしかしなくて、ユーロが高い時期に欧州に居たけど、気兼ねなく買えたな。
日本はお花高いから在欧時ほどは買わなくなったけど、今回の展示などでたくさん頂いて家が文字通り華やかになりました。
プレゼントでもらうんだったらお花が一番嬉しい。
そしてお花のついでにキラキラしたアクセサリーとか貰えたらかなり幸せ♥ふふ
靴は自分で買うからいいです。

パリではお店で食事しているとかならず花売りがやってくる。
男女の席に彼らは訪ねてきて、男に向かって「どう?」って聞くのだ。
私は一度で良いから買ってもらいたい〜と思っていたけど、どうやらこれで買って女性にプレゼントすることはかなり前時代的でダサいことらしく、結局誰からももらえずでした。
女性が喜ぶことなんて古今東西そう変わらないものなのよっ、てパリジャンに言いたいw
ごくたまーに週末夜のメトロでバラを一本持っている女の子を見ると「いいなぁ あの子買ってもらったんだー」とうらやましく感じたものです。

春だなって日々思います。
それと同時にこの春を私は一生忘れないのだろうな、とも思う。
一寸気を抜けば自分を失いそうになる巨大な変化の中で、私は幸運にもその変化を受け入れ、形を変えながら順応していけていると信じている。

たくさんの出逢いの春でした。
本当にいろいろな人と出逢う毎日です。
再会もある。
こんなに多種多様な顔ぶれと知り合える自分はホントに幸せ者だなと思います。
世間は狭いっていうけど、世界は広い。
ご縁があるもの同士が繋がってしまうだけで、世界って信じられないくらい大きいもの。
だからどんな出逢いでも、私と時間を共有するすべての人に感謝するし意味を感じます。
人生なんて出逢い一つで大きく転がっていくものだから。
まだまだ出逢えていない人(ものも)がたくさんいる。
出逢いに期待する高揚感が私を明日へと向かわせてくれる。

不思議といつか出逢うであろう人はなんとなくわかってしまう。
たとえその人を初めて知ったのがテレビだったり新聞だったりするような相手でも、なにか感じ取り、やけに気になったりしていると、ほどなくして目の前に現れたりする。
私の才能の一つかもしれない。
「この人好き!」って思っているとそれが自分にとって雲の上、もしくは非現実と言えそうなくらい遠い存在でも、逢えるチャンスが巡ってくるのだ。
しかも私の好運なところは、この憧れの人たちとただ道ですれ違うとかではなく、一緒に仕事をしたり、たくさんお話しできたりと、がっつりコミットできる点だ。
今風にいうと引き寄せの法則(?よく知らないけど…)なのかしら。
まわりに好きなことを言いふらしておくのも大事。
なにかのきっかけで誰かがその人との接点をオファーしてくれることがあるかもだから。
求めよ、さらば与えられん。というわけで、強い願いは叶うものだ。
お願いごとは口にしないと叶わない、という私なりの信条も持ち合わせているので、積極的に言霊の力を借りたりもします。

ドイツに住み始めたばかりのある日、その他大勢の日本人の宗教観と同様にとりあえず仏教徒という私がどうしても神頼みをしたくなった瞬間があり、ベルリンの凍える寝室で「神サマ!」と呼びかけました。
一通り願った所でハッと気付いてしまった。
ここはドイツ。
日本語は神様に通じるの?!
不安にかられた私は英語で念じてみた。
しかし不安はぬぐい去れないまま。
そこで当初まだまだ自信のないドイツ語でもトライしてみたのだが、とてもじゃないけどベルリンの神様に私の未熟なドイツ語が通じたとは思えなかった。
結果、徒労も虚しく願いは聞き届けられませんでした。
神様はマルチランゲージではないようです。
(これって言語あるあるですか?)

不安だ不安だと言ってもきりがないし、今は自分たちが精一杯の努力で得られる未来を想像して形にしていくことが大事なのかな。
あの日はまだ冬が居座っていた頃だったけど、春が訪れてくれて本当によかった。

想うということ 2

Monday, April 11, 2011

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このタイトルでもう一回ダイアリーを書くことになるとは思っていなかった。

でも3.11以降私の住んでいる世界が一変し今まで通りで生きられなくなった以上、その変化に伴い想うことも多いのです。

最近思考を巡らせたのは、死者を想うということ。

私はドイツに住んでいた頃祖母を亡くした。
最後に見た元気な祖母は、いよいよ渡独の日が来て、両親が私を車で空港に連れて行く時に、自宅の玄関で車が見えなくなるまでずっとずっと手を振っていてくれたちいさな姿。
ドイツにも何度も手紙をくれて、「さいちゃんの顔をもう一度見るため、がんばります。」なんて書いてくれてたのに、ついにそれは叶わなかった。
事情があり日本に帰国できなかった私は家を出るまで25年一緒に住んだ祖母の葬式にも出ることができなかった。
大好きだった祖母を亡くしたというのに飛んでいけない無情な距離感にその頃は毎日泣きくれていた。

それでも私は当時お葬式に行けなかったことを祖母はちっとも怒っていないだろうと感じている。
私が芸大に入ったときは大喜びし、私の絵が本当に大好きだと言ってくれていた祖母だから、欧州で頑張っている姿を見せないと逆に悲しませると思った。
式はおろかお墓参りだってなかなかできないけど、私が彼女を毎日想い出し、語りかければ絶対に彼女は幸せに眠ることができると信じた。
外国生まれだった彼女がクリスチャンだったこともあり、欧州で私が彼女に語りかけたくなった時は近所の教会に行き近況などを報告するようにした。
それはただ気持ちが静かに集中できるからであり、本当は想う場所はどこでも良いのだ。

4/1のトークショーの数時間前、親しい友人から携帯にメールが届いた。
前日遊び倒して昼過ぎまで寝ていた私の頭ではとっさに理解し辛い内容だったが、知人と友人二人が同時に亡くなったいう内容だった。
大事な仕事の日と知っていながらこんな内容のメール送ってごめんと友人は続けて綴った。
いろいろな憶測が飛び交っているから、変な形で知るよりもきちんとした内容で私に知らせたかった為に、やむを得ずの判断だったらしい。
少し混乱したが、折しもその日はエイプリルフール。
私はとにかくこれは嘘だと思うことにした。
すごく信用している友人からのメールだったが、彼も意外なことするなーなんて思いながら。
嘘に付き合ってるヒマは今日はないよーていうかアイツ間が悪すぎ!そんな風に考えながら準備をしているうちに少しずつそのことは頭を離れていった。

この日は他にも心配事があったりで、ばたばたと時間が過ぎ、トークショーを終える所まで無事に行きつきほっとした頃メールのことを思い出した。
打ち上げの席で一緒に食事をとっていた別の友人に「そういえば今日すっごい変なメールが来たんだよ。エイプリルフールにしてはタチが悪すぎるよねっ。」と私は言い文面を見せた所、彼女の顔色が変わった。
「さいちゃん、いくらなんでもこんなことエイプリルフールで言うかな?」
それを聞いて私も再び不安になり携帯でニュースを検索した所、知人二人の名前が訃報として報じられているのを見つけてしまった。
のろのろと鈍いショックを受けた。
エイプリルフールと自己暗示にかけてこの日を乗り切ったものの、事実は変えようのないシリアスなものだった。
でも本当は最初にメールを受けた時点から、覚悟していたことだったのだ。
衝撃がバラバラと時差でやってきたことで、打ちのめされるような苦しみは受けなかったが、気持ちが昂りきらなかったせいで整理を付ける方法もよくわからなくなった。

翌日朝、布団からいつまでも出たくなく、手元の携帯でメールをくれた友人に電話をかけた。
葬式などの日程を知らせた方が良いかと彼に聞かれたが、たぶん私は行かないと思うと彼に伝えた。
式に行ったら自分が望む形で想ってあげることができなくなると思ったから、祖母にそうしたように、私は死んだ友人のことも気持ちの中で想い続けていきたい。
祖母を弔った方法が自分の中で出来事と向き合う方法として納得のいくものだと今の私は考えている。
彼は逆に、亡くなったことを完全に受け止めたいから式に出るつもりだと教えてくれた。

本来死者を想う方法に決まりはない。
私は私の、彼は彼の方法で彼らを想ってあげればそれでいい。
亡くなったうちの一人は私が18の時に出会った女の子で、私をとても慕ってくれていた。
さいさーん って呼ぶ声、忘れられない。努力家で才能もある子だったから、私は後輩として誰よりも彼女をかわいがった。
あれから12年経ち、干支が一周してしまった。
やっぱり節目だ。

近しい人が亡くなるたびに、後悔ばかりする。
なんでもっと…って毎回思う。
彼らとの幸せな記憶ばかり浮かんでくる。
死んでから想い続けることも良いことだけど、本当はやっぱり生きているうちにたくさん気持ちを伝えたい。

TVで被災地に援助物資を満載したトラックとともに乗り込んだ僧侶のドキュメントをニュースの枠でやっていた。
多く遺体が収容されている体育館や、津波の起きた海岸で海に向かってその人は読経しつづけた。
自然と周りに人が集まり手を合わせる。
家族を亡くした人が涙を流しながらお礼を言っていた。
これでようやくほっとできます、と。
お坊さんって、すごいなぁと今までの人生の中で一番思った。

東北だけでなく広い範囲の人々の心も被災していると最近よく感じる。
どうか暖かな春が、美しい桜の花が等しくみんなの上に訪れますように。

Dialog in Kagurazaka

Monday, April 4, 2011

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ようやく個展にまつわる大きなものがすべて終了。
やっと私も緊張から解放されました。

1日のトークショーは楽しかったです。
一時間があっという間で、それは聞きにきていた人たちにとっても同じだったそう。
進行役のいない放談スタイルだったけど、長いおつきあいの島田さんと、初見ながらそれを感じさせない渋谷さんとの会話はそれぞれの仕事のジャンルを超えてすごく有意義なものになったと思う。
トークを終わらせるのがもったいなかった。

前日はとあるパーティーに行っていて、気付いたらヒルズ族と六本木に流れて→ルブタン履いたままサルサを踊って→つるとんたんで美味しいおうどんを食べて→朝帰り。という夜を過ごしていたため、当日声は枯れているわ、疲れまくっているわのひどいコンディションだったけど、ぜんぜん乗り切れた:)
忙しい中この仕事を快諾してくれた島田さんに渋谷さん、オープニング同様可愛い衣装を協力してくれた美しすぎる姉と、オーダー通りグラマラスにセットしてくれたカリスマヘアスタイリストのジュン(笑)、そしてもちろん様々配慮してくれたimura art galleryのスタッフと井村社長、ありがとうございました。

数日前からもう新作に取りかかっています。
島田さん渋谷さんとの対話の中で感じたことはこれから時間とともに作品上で昇華して行きます。
絵画は時間がかかる。
私の大学時代の恩師の言葉。
一朝一夕でできるものじゃないけど、続けて行くことが向き合う一つの方法です。

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