driving

Monday, August 23, 2010

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日曜日にドライブで長野県に行ってきました。
目的地は戸隠神社。
宮崎県からタジカラヲが放り投げた天岩戸が長野まで飛んできて(!)できたお山が戸隠山で、そこにある由緒ある神社が戸隠神社。日本に帰ったらぜひ行きたかった場所だったのです。
BGMにして走ったdriving(dance ver.)といえばeverything but the girlの超名曲で、あのうきうきとした高揚感はまさにドライブにぴったり!他にも彼らは良い曲満載だけど、中でもベストに近い大好きな曲です。青空がよく似合う。詩だけ聞いたらちょっとせつないけど…
everything…は本当に好きなバンドで彼らのアコースティックのアルバムとか涙なしでは聞けない。Ben Wattは今やイギリスハウス界の重鎮で、彼らのハウスアレンジのトラックはすばらしいの一言。driving同様他の曲の歌詞もすごい好き。I didn’t know I was looking for loveとかリリックがきらっきらしてる。

さて肝心の戸隠神社は都心からかなり遠かったけど、横川のPAで釜飯食べたりして道中もとてもいい感じ。
ついたら早速中社を参拝して、さらに奥社を目指して再度5分ほど車に乗った。
そこからは2kmちかくの山道を徒歩で登る。
鎮守の森はマイナスイオンたっぷりの冷気を発していて、と〜っても気持ちいい。
途中の杉の古道もすばらしかった。樹の優しい香りが気分をリフレッシュさせてくれた。
けど、けど…
残り半分をすぎた頃からだんだん山道が急になり、最後奥社に近づくと段差が大きく急な階段が永遠と続くではないの。
こんなにハードな参道とは思ってなかったから、私グラディエーターぺったんこバージョンfrom 109(まただ。笑)というあまり獣道に向いていない靴で馳せ参じてしまいましたから。。。
おまけにハイヒールはいてたらむしろ絶対にないのに、ぺったんこ靴のせいで(?!)途中で足をひねってしまったのです!途中の清流でしばらく足を冷やしてどうにか奥社にたどり着く事ができました。
やっぱり霊験あらたかな場所に行くにはそれなりのハードな道程が控えているのですね…車の道でも日光いろは坂も真っ青な急カーブの坂道があったりと、スリリングな道のりでしたもの。
山道を登る女の子の中にはデート中らしくハイヒールの子も何人か見かけて、本当に辛そうに歩いていました。横にいる彼氏は荷物は持ってあげているみたいだけど、ふらふらの女の子の体を支えてあげる様子もなく、なんか冷たくない?と思ってしまった。デニムホットパンツにナマ足ハイヒールでデートに臨んだ彼女の気合をもっと評価して!などと他人の心配を自分も足を引きずりながらしたものです。

手負いでたどり着いた奥社はひっそりと小さなたたずまいでしたが、どこか威厳のある素敵な拝殿。
参拝後、どうしても引いてみたくなり数年ぶりにおみくじをしてみました。
ここのは300円と少しお高めで、しかも購入時に年齢を告げておみくじを引いてもらいます。
もらったおみくじは見事大吉☆
なんか良い予感がしてたのが的中です。
さすが大吉良い事ばっかりかいてある!!!!
たぶん当たってますよ、これ。うふふ
やっぱりさい先良い良い*

帰りはかなり足痛んだけど、それでも心象よく下山し、戸隠そばをたべて帰りました。
日本の風景もいいもんだなぁ。
欧州の教会もすごいけど、日本人だしやっぱり神社に参拝した方が背筋が伸びます。それになによりありがたい。
もう少し涼しくなったらドライブがもっと良くなるだろうなぁ。

ちなみに帰国後は毎日在研のレポート作りに苦心しています。これが終わらないと制作には移れないので。
今回提出するものはこの一年間の研修内容に対してだけど、実際は5年分の成果報告的性質も持ち合わせてしまう。
大変なのなんのって。
自分の過ごしてきた時間を振り返るにはもう少し時間が欲しいけど、がんばって作成してお世話になった財団に届けなくちゃ。
毎日パソコンでずっと文章書いているから、息抜きがてら思わずダイアリーのエントリーが増えてしまっています。それが今月3回もアップした理由:)

ねえねえねえねえ これが終わったら今度は温泉に連れて行って!

monologue about the languages #1

Friday, August 13, 2010

帰国して間もないですが今日は言語についての独り言、あくまで自分の実体験に基づいた解釈について記しておこうと思います。
フランス人じゃないけど、私にとっても言語は非常に大切な要素。
もちろんこんな切りのないなテーマに不肖者の私が向き合うのですから散漫に終わるのは目に見えているのですが…どうぞおつきあいください。
一度に載せるには長文になりそうだったので、何回かに分けて書いていきます。
初日の今日は私と外国語の関わりについて。

 私の親戚には日本語が全く話せない欧州系の人間がいて、幼少時から外国人が割合身近でした。高校生の時にはその家にホームステイをして一夏を過ごしたり、いとこにくっついて現地の高校の授業を一緒に受けてみたり。欧州のマイナー言語を話す国の人たちなので、彼らとコミュニケーションをとろうと思うと必然的に英語をしゃべらざるを得なく、別にうまくはなかったけど第二言語を話す事自体への抵抗は平均的日本人よりは少なかったはずです。
 海外留学を考え始めた頃幸か不幸か全く英語圏に興味がなく、前回書いたようにドイツに一直線に向かってしまったため、当初の私にとって宇宙語に匹敵するようにも思えたドイツ語を勉強するはめになりました。ドイツ語を話せるようになるという事は宇宙人になるに等しい事だと真剣に思うほど、獲得が困難そうな言語でした。
でも本当に地道に時間とお金を(語学学校はすごく高額)惜しまずこつこつ勉強していったら、いつの間にかしゃべれるようになるんですよね。宇宙人になった訳でもないのに(笑
大学院生の頃に展覧会して売れた作品のお金の多くを語学勉強代に当てていました。

ドイツに住み始めた頃には独検準一級以上の試験にも合格していたので、耳が慣れてきた2ヶ月目位からわりと苦労せずに過ごせた記憶があります。ボキャブラリーがない頃は毎日電子辞書を持ち歩かないと不安だったけど、例えば薬局でわからない商品名などがあっても裏の説明を読めば内容が推測できるようになったのがだいたい半年目くらいだったかな。
このように言語にはある瞬間ふっとわかるようになった自分に気づく瞬間が誰にでもある。

 ただドイツ語がちょっとできるようになってくると、もともとあったなけなしの英語が頭の片隅に追いやられてしまい、ただでさえゲルマン語族同士似通っているので、英語を喋らなきゃいけない時にもどうしてもドイツ語が出てきてしまう症状に悩まされます。多くの第三外国語を習得中の人間にみられる兆候です。
 しかし逆によく似た言語同士なので、特に勉強しなくてもいつの間にか英語も以前より話せるようになっているという嬉しいオプション付き。

 パリに住む事が決まった時には、特に言語に対する不安はありませんでした。
第三言語まで勉強していると、もうあといくつ増えようが体得するまでの個人的ノウハウが出来上がっているのでモノにする事が不可能ではないという自負が芽生えたからです。
実はそんなに努力しなかったけど、意外とできるようになってしまったフランス語。文法とか単語とかあまりにゲルマン語とかけ離れていたので、最初はまーーーったく理解不能でしたが。読まないなら書かなきゃ良いのに…って思うくらいスペルが無駄に長い。
 しかしパリに住んでいた間ドイツ人の友人があまりいなかったため、せっかく勉強したドイツ語はだいぶ腕が落ちたと思う。とってもくやしい。。。
 聞いた話によると国連に勤めるには母国語以外に最低三か国語を話せなくてはいけないらしいけど、私の英語ドイツ語フランス語では到底そのレベルに達していないだろうなぁ だって国連レベルって多分ネイティブばりに話せる事を言ってるんでしょうから。。
まあ良いんです。国連に勤める可能性なんてゼロに近いし、あくまでアーティストが活動上必要な分だけ喋れれば。

 言語って集団心理が大きく関わっていると感じます。
周りがドイツ語でものを考えていないと、私もドイツ語で思考する事が困難になるし、周りがフランス語で考えていれば、自然と私もフランス語を理解できるのです。フランスの空気がフランス語を含んでいるんです。空気が人の意思を伝達してくれます。
 エヴァンゲリオン(大好きーーー!!)では一番最初に操縦者がエヴァに自分の言語を設定し、もしその他の言語で思考したり発音してしまうと正確にオペレーティングシステムが作動しないという設定があるのですが、私にとってこれすごくリアリティーがあるんですよね。
上記を例にとるなら、私がパイロットで周囲がエヴァ。また反対でも良し。
双方の言語が共通していないと、正常に機能しない。フランスで喋るドイツ語は喋ろうとすると脳内に大量のノイズが入ったように、引き出してくるのが難しい。
母国語である日本語ですら、外国においてはすらすら喋れない時がある。空気中にまるで日本語が含まれていないからだ。
ちなみにアスカの喋るドイツ語はイントネーションが全部にわたりおかしくて、何を言っているのかさっぱりわかりません。。

 そうそう、ベルリンの語学学校の先生が教えてくれた面白い言語の定義を今回の締めに記しておきます。
それぞれの言語がどのような立場にあるかをユーモラスかつアイロニカルに表したものです。
それは以下のようなもの。

 英語はすべての人のためのもの。
 フランス語は愛をささやくためのもの。
 イタリア語は歌を歌うためのもの。
 ドイツ語は…命令のためのもの。犬や軍隊に指令を出すためのことば。

なんて気の利いた定義付け。こんな事言えるドイツ人ってやっぱり頭良いなぁ そしてちょっぴり卑屈。

 気の遠くなるようなガチガチの文法に守られているドイツ語は、確かにロジカルなドイツ人にぴったりというか、言語自体がロジカルにできているんです。言語が文化を創るし、人を作る。

本当に言語って面白い。

I’m back(with high-heel).

Sunday, August 8, 2010

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少し前に東京に帰ってきました。
このたびは本帰国です。
足掛け五年欧州にいました。25歳の時から30になる少し前までということなので、まさに20代後半は海外生活に捧げました。

海外に出た動機として、世界言語で表現することがアーティストの大前提である以上日本しか知らないとあっては何も発言する権利がないと常々感じていたからであり、大学院卒業と同時に渡独を決行。
中学生時分から「行くならドイツ」って思っていたので、自分の中では至極当然の流れでした。
慣れるまでも慣れてからも大変な事だらけだったけど、4年目にパリに移り住んでからは友人にもとても恵まれて幸せな滞在でした。帰ってくるのが惜しく感じたくらい。
人の骨の細胞は二年で入れ替わると言いますが、長い事欧州にいた私の心身ともに日本に住んでいた頃とは大きく変化したと自覚しています。今の私の身体組織のすべては欧州で作られたものです。

離れる事で見えてきた日本の事。住む事でわかった欧州の事。
旅行やワーホリで滞在するのと、実際にビザを申請し、その街でお金を稼ぎ、税金を支払って生活するのは大きな違いがあります。ましてどこかに雇われている訳ではないので、インディペンデントアーティストとしてすべて自分でやらなくてはいけない状況は、生易しいものではありません。
外国人である事がどういった事か。
外国語で思考することはどういった違いがあるか。
カルチュラルギャップはどこまで受け入れられるのか。
他にもさまざま…

振り返るにはまだ生々しすぎるので時期を見てまたこのダイアリーにつけようと思います。

そうそう、帰りの飛行機はコリアンエアーで帰ってきたのですが、なーーーーーんと、生まれて初めてファーストクラスに搭乗!!!
もちろん自前でそんなチケットを買える訳もなく普通にエコノミーをブッキングしていたのですが、乗る直前にチケットを係員が機械に通した所、別のチケットが発券されて「お客様の席がファーストクラスに変更されました。」と耳打ちしてくるではありませんか。(他のエコノミー乗客に聞かせないための配慮?)
半信半疑で書かれた座席を探すと、飛行機二階部分に私の席はありました。この不景気でファーストはガラ空きだったため隣の席には誰も来ず、つまり2席分を一人で使用!ゴージャス!!!
出発前に機長が挨拶にくるわ、食事やワインはやたら豪勢だわ…。飛行機の上で陶器の食器で食事したのも初めてだし、引き出し式の机に真っ白なテーブルクロスがかけられたのも初体験。。心なしかいつもよりブランケットもフワフワな気が。毎回飛行機に乗ると3本は映画を見るのに、今回は食事しかした記憶がありません。

私コリアンエアー大好きなんですよね。だって飛行機の中でビビンバ食べれるし(アジアの食べ物に飢えている海外滞在者にはすごくうれしい☆)、CAのお姉様がたは綺麗でやさしいし…。それにインチョン空港でのショッピングが何よりもお目当て。コリアンコスメを買いまくり、欲しかったクロエのサングラスもウォン安でかなりお得にゲットできたし。たのしー***
さんざんショッピングを楽しんだ後、実はすったもんだがあり、ボーディングタイムぎりぎりになってしまったのですが、怪我の功名でインチョンから成田に向かう飛行機もビジネスクラスに乗せてもらいました。
ビジネスは昔家族で旅行していたときに乗った事がありますが、こちらも超ひさしぶり。
しかし人間の欲というものは上を知れば果てしなく、私もとうとうファーストの後のビジネスはショボく感じるという魔道に堕ちてしまった2010年夏。。。贅沢って(素)敵。
なかなかの珍道中でしたが人生で何回あるかわからないファーストクラスを体験できたので、ハイテンション&ハッピー気分で帰国する事ができました。
家についてからも元気で全く疲れていなかったのは広いシートで熟睡したからでしょうね。うーん毎回あれだったら良いのに。。。。
いつもファーストとは言いませんが、ビジネスに乗れるくらいの資本があったら最高。

最後にここで私のポリシーをひとつ。
「飛行機に乗る時はぜったいにハイヒール!」
いつもでしょ、とか言わないで。私だって近所のスーパーに行く時はビルケンはいたりします。
とにかく何が何でも飛行機に乗る時は絶対にヒールのある靴で乗り込むのです。
母には「何かあったときに逃げられないからダメ!」と毎度しかられるのですが、何かあったらヒールとともに紺碧の海に沈む覚悟ですので、むしろ本望です。笑
今回は12cmヒールのキャメル色のグラディエーターfrom 109でした。とっても素敵なの☆
スリッパを持ち込むという反則技もしません。とにかくずっとハイヒールです。
しかし今回はイレギュラーにアッパークラスに乗ってきてしまったので、機内用スリッパが用意されていました。笑
ハイヒールでフライト、女の子にはおススメです。もちろん服もそれ相応で***
女前あがります。

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