Boltanski@grandpalais

Thursday, February 18, 2010

g_Monumenta10Boltanski01
毎日寒いです。マイナスです。絵の具の乾きも悪いです。
この時期は面白い展覧会もあまりないのですが、たまにはパリの美術事情でも書いてみようと思います。

この所美術系の本屋に行くと必ずボルタンスキーの画集が全面的に押されているなーと思っていたら、グランパレで21日まで彼の大がかりなインスタが展示されているんですね。メトロにも沢山ポスターが。
ボルタンスキーといえば言わずと知れた大物フレンチジューイッシュアーティスト。ホロコーストを扱った作品は以前から気になっていたので是非見たかったのだけど、2度も見に行こうとして、一度はグランパレにまで赴いたのに行き違ってしまい実は未だ見れていない…
ウエブで英語でのインタビューと展示の様子の動画を見つけました。
「会場に流れる音はアートビーツ…」と喋っていて、「?なにそれ」と思ったけど、ああHを発音していないのね。フランス人は英語を喋っていてもどうしてもHを発音しないのでいつも会話で一瞬つまづきます。あの巨大空間におけるUFOキャッチャーは実際に見るとどうなのか…
彼にとって死はいつもテーマに深く関わっているようで、死をおそれる作家などともクリティサイズされていますが、哲学が発達したフランスにおいて芸術家にとっては必須のサブジェクトでしょう。デュシャンは自分で「D’alleurs,c’est toujours les autres qui meurent.」と墓碑銘を刻みました。訳すると「それでも、死ぬのはいつも他人。」
色々解釈されていますが、「死は他人にしか訪れない」という読みが私は一番納得できた。自分は死を自覚できないですから。死を経験するのは他者なのです。先日食事をしたダダイズムの生き証人的フランス人批評家はじきに訪れるであろう自分の死を前に、墓碑銘を何にしようかと話題にあげていました。この死生観はとってもフレンチ。
ちょっと前にデリダも死んで、レヴィストロースも亡くなった今、フランスの現代思想はどうなるのでしょう。

欧州に渡ってからの個人的なビッグイシューは欧州におけるユダヤ人の存在感と戦争に負けることの意味でした。それは最初に住んだベルリンがホロコーストを語る上で事欠かない街であることにも大きく起因するのでしょう。敗戦についてはまた別の機会に書きます。
ベルリンの中心にあるギャラリー街は当然のようにユダヤ人街で、私が関わったギャラリーもイタリア系ジューイッシュオーナーのものでした。そこでイヤと言うほど彼らの商魂たくましさなどを見せつけられ、ユダヤとの関係の浅い日本の私は脳内に新しい次元が生まれるほど驚かされました。何冊か本も読み、彼らが世界においてどのような存在であるかも何となく理解し、なるほどねぇ〜と。
ちなみにパリにもマレというユダヤ人街があり、美味しいファラフェル屋があったりシナゴークが点在しているのですが、やはりというかパリ一番のアートスポット、そしてファッション街です。さすが美食の国なので、ファラフェルもベルリンのものよりずっと美味しい…もちろんお値段もちょいお高め。ドイツ時代に食べ慣れたお菓子やベーグルを買えるブランジェリーも充実しているし、なによりいちいちロマンチックなパリにおいて勝手知ったる雰囲気が出ている懐かしのユダヤ街に居心地のよさを感じてしまいます。

パリのアート状況についても少し言及しておきたいと思うのですが、ドイツから引っ越す前から重々承知の上でしたが、やはりコンサバで懐古的であることは否めませんね。
なんせポロックら抽象表現主義のN.Yに、それまでバロックあたりからじんわりと、それ以降ロココ〜近代まで一人勝ちしてた美術分野をごっそり持って行かれ、その後何一つムーブメントを起こせていないのですから20世紀初頭までの栄光を何度も反芻することでしか文化輸出大国である自分たちの権威を確認する方法がないのです。
国立近代美術館、つまりポンピドーセンターでも未だにシュールレアリズム展が大盛況するし(とても面白かったですが)、至る所でバロック、インプレッショニズムの展覧会があり、果ては芸能の世界でも未だにゲンズブールが大々的にフューチャーされる状況。
正直、新しいものはここにはありません。
永遠の世紀末の街ウィーンに一ヶ月いた時も思ったけど、古都は栄華を極めた時代の亡霊でできあがっているのです。実体はとうに灰になっていて、そこにあるのはアフターイメージ。ベルリンはまた別のタイプのゴーストで形成された街ですが、いかんせん東京と同様に戦後焼け野原で何一つ残らなかったので新たなクリエーションのみがリスタートの条件だった。隣り合わせの国ながら、こうも違う二つの都市に最近住んだので差違がとても新鮮に映る。
フランスは惰性で回る車輪とはいえあらゆる文化面で世界の羨望を集め続ける国なのですから、美術においてもがんばって欲しいと思います。私はここでは所謂エトランジェですからエトランジェなりに亡霊達との共存を試みます。
旧約聖書などのコンテクストから遠く離れたオリエンタルにとっては西洋のお化けはちっとも怖く感じないのです。
三度目の正直でもしボルタンスキー展みれたらレビュー書こうかな。

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