We are the Revolutionあるいは預言者としてのアート

Wednesday, April 6, 2016

第二の故郷的ヨーロッパの街々で起こるテロにとても胸を痛めている。 パリはもちろんのことブリュッセルも何度となくパリから足を運び、親しみを覚えていた街だ。 先月のテロの一報をネットニュースで知った時、そこに写っていた光景に二つの意味で衝撃を受けた。 一つはもちろん空港の凄惨な風景。映画やドラマではない本物の壊滅的光景に一気に悲しみがこみ上げた。 もう一つ驚かされたことは、その写真が2008年にベルリンのハンブルガーバンホフ美術館で行われたヨゼフ・ボイスの大々的な回顧展「We are the Revolution」でわたしが撮影した黒板を使ったインスタレーションに構図から何からそっくりであったこと。 IMG_0918 IMG_0926 言うまでもなく上はネットで流れてきた誰かの撮ったテロ現場の写真(ノークレジット)下はボイスのインスタレーションなのだが、一見無作為に散りばめられた黒板と、落ちて散らばる天井の板、イーゼルに立てられた黒板と、フライトを知らせる電光掲示板など酷似している。写真が撮られた場所も空港と、ハンブルグ行きの電車のターミナルだった元・駅、という点での類似が見られる。 ボイスはアートファンなら誰もが尊敬してやまない芸術家であり、先生であり、活動家である。フェルトハットがトレードマークで、社会性の強い作品群で世界中の尊敬を集めている伝説的人物だ。ドイツでもオーストリアでもフランスでも、ボイスは巨大な存在感を今でもヒタヒタと放っていて、どこに行っても無限に彼の作品に触れることができる。対峙する時は常に畏敬の念を覚えるので彼の作品の前に立つ機会が多い欧州の美術館では見終わった後いつも厳粛な気持ちになっていた。 黒板の作品にはボイス独特の理論やメッセージとも受け取れる文言が時に過密に、時にシンプルに書かれていて、We are the Revolutionという印象的なタイトルの展覧会において目玉的配置がされていた。ベストなポジションから撮影がしたくてわたしは自分なりにこのインスタレーションを一望でき、内容が伝わる構図を選んだつもりが、こうしてテロ現場で余裕のない状況で撮られたものと酷似する事実に色々考えさせられた。決して偶然ではないのである。 ボイスもそうだったように、アートというものは一種のシャーマニズム的側面を必ず持っている。3.11前に津波を描いていたペインターを数人知っている。わたしも自分の作品が何かを未来視していたことに後から気づいたことが幾度かあった。アートとは作家の個人的事情からばかり生まれるものではない。時代の空気を誰よりも敏感に感じ取り、時代が内包している無意識や事象をあぶり出すことがわたしたちの文化的使命なのだ。アートにあまり親しみのない人からよく「悲しい時は悲しい感じの絵になるんですか?」などという質問を受けるのだが、全くそんなことは起こらない。喜怒哀楽に関係なく、社会や時代が求めるものに絵画という形式で物質的に生み出し、輪廓を与えることがわたしたちの仕事なのだから、個人的な感情は何も作品に影響を与えない。 ボイスの黒板インスタレーションが何十年もの時間を超えて、現在の世界が抱える問題を予見していたことは極めてアートらしい出来事と言える。 展覧会タイトルは英語では”We are the Revolution”だが、ドイツ語では”DIE REVOLUTION SIND WIR”である。ドイツ語は動詞を必ず文章の二番目に持ってこなくてはいけないという文法的規則があるのだが、それ以外はどう入れ替えても良いとされている。 英語のタイトルをそのまま訳せばWIR SIND DIE REVOLUTIONだが、あえてのDIE REVOLUTION(the Revolution)を文頭に持ってきているのだ。言わずもがな「革命」を強調している。 世界中で起こっている革命的とも言い換えられる出来事、日本も今や対岸の火事ではない。 時代の流れを観察し、傍観者にとどまらず、選択を繰り返し、態度を明確にしていくことは現代美術家としての義務だ。 余談だが、ドイツ語が読み書きできるようになってからドイツ語圏の芸術に対する理解が一気に深まった。当たり前といえば当たり前なのだけど。 例えばウイーン郊外にあるエゴン・シーレ美術館に行き、彼の書いた手紙や、絵の隅に走り書かれた文字を英訳という分厚いフィルターをかけずに自分の言語として理解できたり、バッハの曲のタイトルが翻訳では「主よ、汝は…」と堅苦しく呼びかけていたものが親称的二人称「du」(きみ、とかあんた、に近い。決して貴方ではない。)であることがわかったり。言語の獲得は途方もない時間とお金がかかるが、それだけの価値が十二分にある。ちなみに語学学校代は全て絵を売ったお金で賄った。作品を買ってくださった方たちの応援を間接的に作家活動に還元しようと、当時院生だったわたしは語学獲得に懸命に励んだ。 日本に住んでいる今でもぼんやりしている時そんなに得意ではないはずのフランス語でものを思考していたり、英語の夢を見る。一人で家にいて、何かに驚いた時など咄嗟にドイツ語を口走る。自分が知っているアルファベットの単語が英語なのかフランス語なのかドイツ語なのかわからないこともよくある。ヨーロッパ人と会話していると理解してくれてしまうので誰も訂正してくれないから、会話している言語に対して外来語的に使用してしまい、きちんとその国の言葉にアジャストできていない瞬間がたまにあって気にかかることもしばしば。落ち着いたらまた語学の勉強に通おうと計画中である。

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