night on the planet

Sunday, December 5, 2010

nop
平素私はよく夜に散歩に出かけます。
昼間は日焼けがいやなので目的がない限り外出しません。
東京に帰ってきてしばらくは鬼畜級の暑さに負けて夜も出歩けなかったけど、秋以降はさわやかで気候的にはとっても楽になりました。
冬の入り口の現在でもまだまだお散歩可能な気温です♪

夜の散歩を始めたきっかけは、ベルリンに住んでいた頃家で制作をする体制を作ってからめきめき運動不足になって、このままじゃ危険〜〜!と思い立ったのが最初。
ベルリンという街は世界的にも有名なパンクス(その中にたまにネオナチも混ざってます)や、酔っぱらい、気○い、ついでにプロスティテュートのお姉さんたちまで事欠かない所でして、夜の街歩き、ましてや女性の一人歩きは命知らずのような印象を持つ人もいるかもしれませんが、私の知っている中でもここはずば抜けて安全な街です。
だってドイツは世界有数の警察国家ですもの♪
ドイツ人警察官のゴツさはゆうに日本人のそれの1.5倍はあろうかと思います。(帰国後日本の警官のか細さに不安を覚えました。)
その彼らの守る街においては女の子だけで真夜中にうろうろしてても何も危険な事はなく、そのため夜に制作を終わらせた後に散歩に出かけるのが私のある時期の日課でした。
しかしベルリンで散歩ができる季節は大変限られていまして…冬はマイナス10度なんてザラの極寒なので自ずと気候の良い季節しか出歩けないという欠点もありました。。。

これがパリに行って以降、とんと散歩から遠のきます。
なぜって……パリの夜はまぢで怖い。
すんごい怖い。
ドイツにはぜんぜんいなかったアフリカンの方達はパリにはたくさんいて、夜の闇にとけ込み本当に急に目の前に現れます。
非合法のプロスティテュート、麻薬の密売もそこらじゅうだし、毎夜悲鳴の聞こえる公園とか街中に平気でありますし…
パリに住みたての頃、夜の11時くらいに20分の距離を歩いて帰ろうとしたらフランス人の友人に止められて「暗くなってからはどんなに近くてもかならず乗り物に乗って帰らなきゃダメだよ!」と口酸っぱく言い含められました。
ベルリンにはなかった習慣です…。
ベルリンに住んでたらむしろほとんど乗り物に乗らないで歩くか、自転車でしたから。。同じ感覚で動いてはいけないとよく肝に銘じました。
フランス人男性ですら、暗くなったら歩いて帰るとか絶対にしないみたい。
パリにいる男の人たちはこういう環境のせいか、ただの友人でも遠回りしてきちんと家までみんな送り届けてくれます。優しい♡
男の人と二人で歩いてても、移民系の若者の集団の近くを通るときとかすっごく緊張するのよね…特に北駅周辺。
パリに住んでいる間はしかたなく家の中でヨガとかしてしのぎました。

そしてマイホームタウン東京。
我が家は都会のど真ん中なのですが、残念ながら一人で夜歩き回るのは感心しない場所かもしれない。
最近また夜の散歩を再開したのですが、可能な限りお伴(主に家族)を連れて一時間ばかり近所を歩き回っています。

時間が深くなければ割と人通りもあって、歩きながらのいろいろな発見が面白い。
なんせ四年半留守にしていた街なので、知らないお店がいっぱい増えている。
街を歩く人の雰囲気もずいぶん変わりました。若い人や外人が確実に増えた。
夜の街灯や自販機などの薄明かりに照らし出された人々の顔は、昼間に見ればなんて事ない普通の様相なのでしょうけど、闇に体を浸した彼らは一人一人が何かドラマチックな事情でそこに居るように感じさせる。

独り言を言いながら自転車に乗っているおじさん。
けっこう遅い時間なのに小学校低学年くらいの子供二人がキックボードで全力疾走してたり。
街角の小さな公園のベンチ、いつも中年のおばさんが暗がりに座っている。
女の子は携帯で話しながら歩いている子が多い。
スーツを着た若いサラリーマンとミニスカートの女の子がコンビニ袋をぶら下げて手をつないで歩いているのを見たりすると、いやんなんかエロいーーー(照)なんて嬉しくなったり。
人気のない公園の前に停めた車から男性二人が出てきてトランクからビニールに包まれた大きなものを取り出しているのを見たときは、もしやそれは…?!なんて妄想を膨らませてみたり。
本当に昼間に見たらなんて事のない風景のはずが夜はすべてを人間劇場に演出します。

そんなこんなで今日の日記のタイトルを「night on the planet」にしました。
もちろんこれはジャームッシュの映画から取ったタイトル。
いくつかのショートストーリーで構成されているこの映画は、大学生時分に見たわりと好きな作品です。いろいろな都市の夜の人間模様を描いている。

この映画で印象的なのはなんと言っても一番最初のお話。
ベアトリス・ダル扮する盲目の女性が夜中にタクシーを拾って、確かその運転手相手に盲目である事はどういうことかをお喋りするのだが、彼女の女優魂に圧倒されます。
高校生の時にベティー・ブルーを見てから最愛の女優なのですが、偶然にも私と彼女お誕生日が一緒なのです。
(ちなみに同じ誕生日にはさらにジャン・ジュネや埴谷雄高までいて、なかなか誇らしい;D)
ベアトリス・ダルは私生活もかなりイッちゃってて、犯罪者と獄中結婚とかしているのね…やるわね。
彼女くらい魅力的なら隙っ歯すらすてきに見えるわ。

本当に寒くて外に出るのが難しくなるまで続けるけど(東京でそんなになることってあったっけ?)、最近はお伴不足に悩んでいます。
歩きたいのはどうやら私だけみたいで、だんだん寒くなってきた今日この頃家族の付き合いがイマイチ。。。
というわけで、お散歩仲間募集しています。渋谷区在住のご友人方、メールしてね☆
都会のナイトクルージング(おおっなんかアーバンwな響きだ)一緒にいかがー?

ちなみに写真は昔のもので恐縮ですが、パリに移りたての頃メトロで夜中走り回った日のもの。
夜に友達と電車に乗ってどこか遊びにいくときの高揚感って大好き。

vielleicht sollte ich eine kleine pause machen?

Saturday, November 6, 2010

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heute, in tokyo,es ist sehr schöner Sammstag.nicht zu kalt,ganz kühl…sehr frisch und sonnig!
dieses mal würde ich auf deutsch schreiben.weil es sehr personliches inhalt ist….nicht für alle,dachte ich.wenige leute können verstehen….konnte schon genug.

schon 3monate verbracht in tokyo.
nachdem zurückgekehrt nach Japan,habe ich viele leute getroffen und echt viele arbeit gemacht.
ein-paar japanische gute galerien,sie mit mir arbeitein(ausstellen) möchten, haben mich schon mal kontaktiert,und dann machen wir die verhandlungen.
aber…manchmal es kann leider schwierig sein,dass mit pluralischen galerien gleichseitig arbeiten.
die sagen verschiedene einanders.das macht mir natürlich verwirrte.
die wollen einander initiatif haben,deshalb die negotiation geht immer kompriziert!
heeeeyyyy give me a break!(wie sagt man auf deutsch?”lass mich im rühe sein”? oder “warte mal!”??ich kann nicht gut ausdrück vorstellen.keine ahnung…:<) ich möchte sehr gern mein arbeit einfach im besten location und situation zeigen. ich hoffe das ist die beste für mich und galerie. solche lösung exstiert sicher. aber warum nehmen unsere verhandlungen so lange zeit? jetzt kann ich nicht auf sie vertrauen.ich weiß nicht,ob wer freund oder feind ist. deswegen habe ich die title so zu schreiben. diese pause bedeutet einfach nicht zu denken über die galerien.ich glaube,dass ich einfach im rühe sein und auf dem antwort von sie warten.ich hab angst,aber machts nicht. ok,dann ich will mein zimmer aufräumen,einkaufen gehen und meine haare schneiden lassen! ufufu~~freue mich darauf:) in tokyo habe ich schon eine malerei fertig gemalt.jetzt male ich die drei gleichseitig. und momentern verbereite ich 200cm lang holzpanel für eine neue arbeit! es ist zweite große arbeit,die ich schon mal gemalt. sie konnte sicherlich speziale sein. für diese schöne malerei,muss ich die beste location wo es wird gezaigt finden. das foto oben ist fotographiert in antwarp 2009.komische aber lustig landschaft,oder??das habe ich fotographiert aus dem fenster des museums van hedengaagse kunst antwerpen(so gennant muhka). ich war da mit mein ex.freund.leider hab wenige gute erinnerung dabei,weil mein ex sehr egoistisch ist!!!konnte ich nicht hingehen wo ich gehen wollen. aber auf jeden fall,antwarp ist uniquer stadt.würde ich noch mal mit unegoistischem freund besuchen. jetzt...sollte ich mich kümmern der grund auf dem holzpanel. neulich ist mein atelier aus kleinem und dunklem untergeschoss zum heller und grosser erste stuck umgezogen.ungefähr dritte mal groß als altes.yey yey** dort war das haus der meine gestorbene großertern. ich fühle dass sie immer mich angucken und schutzen.

ecology and consumption

Monday, October 18, 2010

写真は寒々しい冬のものですが、東京は秋です。こういう中途半端な時期をあまりこの数年間体感していなかったので外出時の服装が難しい今日この頃です。
この間までの異様に忙しかった数週間の山場は過ぎ、落ち着いてきました。

ドイツの最初の頃はドイツ人の女の子と二人で住んでいたのですが、そこで気づかされた事は自分の買い物頻度の高さでした。
意外に私は浪費家ではありません。高い靴とか鞄を買うけども、むしろそのためにほとんど無駄遣いをしない質です。
それでも、家に買い物でもらったプラスチックバッグを貯めるところがあったのですが、どうも私の買ってきた袋ばかりが入っている。
同居人はあまり買い物をしないために彼女の袋はほとんどない。
日本は家の中にいればテレビや雑誌で、外に出れば電車の中吊りなどで受動的に消費活動に貢献するよう刷り込まれています。
何でも新しいものをすぐに買うのが当たり前、携帯など新しいものが出て、まだ使えるものが沢山あっても「買いたい」「買わなきゃ」と思うように強いられている。
でもドイツにはそういう過度な消費活動の強要というものがほとんどありませんでした。
みんな笑っちゃうくらい古い携帯をずーっと使ってるし、セーターとかすごく毛玉出てるし…
特に私の住んでた旧東ベルリンなんかそもそもプロダクトが競争して売り上げを伸ばすなんて概念自体が存在しなかった訳だから、コマーシャル自体なかったんですもの。
壁が開いて20年経ったけど、未だに街や電車に消費を促す広告を展開するスペースは少ないのが実状です。
自転車でベルリン市内を移動していると、ある瞬間から急に資本主義経済丸出しな広告だらけの風景が現れる。それが東から西に入ったサイン。ボーダーを超えた瞬間。政治的な境界はなくなってもまだまだ景色として存在する境界線。
ここで私ははっと目が覚めました。今まで自分はいかに日本の社会によって無駄にお金を巻き上げられていたんだろうと。
それから本当に欲しいものをしっかり自分に問いかけて買い物をしようと思うようになりました。

エコについてもドイツには学ぶところが多かった。
まず基本的にスーパーのプラスチックバッグは有料です。タダでもらえる日本とは大違い。
そのためみんな大きなエコバッグを持参するか、店舗でいらなくなった段ボールをもらって家に持って帰るかしています。
課金されるとなるともったいないので、私も常に外に出かけるときはエコバッグを持ち歩いていました。
たまに忘れて、でもどうしてもスーパーで買い物をしなくちゃいけないときなど、自慢のクロエのバッグにそのまま牛乳や野菜を入れたりしていました(笑
おかげで二回もハンドルが壊れて、修理に持って行きましたよ…
野菜のシミが鞄の底についたりね…。。。

ペットボトルの回収方法も実に合理的。水などをスーパーで買うと、水の料金とともにペットポトルの容器代も同時に支払います。そして中身が空になった容器をまた買ったお店に持って行くと、最初に払ったペットボトル代がそのまま丸ごと返金されます。その容器代が意外とバカにならない金額なので、捨てないできちんと返却しに行こうと思えるのです。ビン類も同様。
少し面倒だけど、この方法だと高確率でリサイクルが可能になります。
ベルリンは貧しい街なので、そこかしこに浮浪者がいて、彼らの生活のためにわざと路上にビンやペットボトルを放置する人もいます。それを回収して戻ってきたお金で少しでも生活の足しにしてほしいと彼らは考えています。エヴァンゲリッシュのチャリティー精神。
でもねぇ、このシステムの唯一の欠点というものがありまして…
家でパーティーをした後の大量のビール瓶!!これをスーパーに持っていくのがかなりの骨折りでして。。基本エレベーターなどどこのアパートにもないので、カートに乗せてがちゃがちゃ必死でスーパーまで運ばなくてはいけません。
これがかなりの労働なのです!

ゴミの仕分けも徹底しています。ドイツのゴミの仕分けに対応するためには家の中に最低4種類のゴミ箱が必要です。アパートの集合ゴミ捨て場には7種類のゴミ箱があり、きちんと仕分けないとペナルティーでゴミの回収費が高くなります。最初は大変でも慣れればこの方が気持ちがいいです。
日本やフランスで生活するとなんでもかんでも一緒のゴミ箱に捨てさせられてしまうのでちょっと罪悪感。。もっとリサイクルできるのに、資源を無駄に捨ててる。。
私が良いなと思ったのは、ドイツの国が経営に関わるHUMANAという古着屋があるのですが、そこの回収用の大きな箱が街の角によくあり、綺麗だけど着なくなった服などをそこに入れると、HUMANAの店舗で売られ、その収益が途上国の支援にまわされるのです。
まだ着れるのに、あげる人もいない服などが出ると私はよくその回収箱に持って行っていました。

ドイツは洗剤なども汚染物質の少ないエコ仕様のものが簡単に手に入ります。
住みたての頃は何も気にせず安い洗剤を買っていましたが、友人たちの家で使用されているエコ洗剤を見ているうちに自分もそれに変えました。正直エコ洗剤は普通のものの3倍くらいしますが、それでも赤やら青やらのすごい色のついたものを流すよりは…と思うようになりました。ドイツのfroschとかベルギーのecoverとか使いやすくて良かったな。
人の家に遊びに行ってキッチンにエコ洗剤があったりするとやっぱり好印象だし、逆にひどい洗剤使っていたりしたら百年の恋も冷めるわ。
自分の食べる物はbioショップで高い有機野菜とか買うくせに、洗剤などで平気で超ケミカルなものを使っている人を見ると強いエゴを感じます。
日本はまだまだエコプロダクトの流通が少ないけど、頑張ってほしいなぁ。

ドイツでエコロジーがあれだけ発達した理由は、非常に明快。
彼らは基本ケチな性分なので、合理的に生きる事が何よりも得意です。
だから限られた資源を無駄なく使う事だって、そもそもお家芸。ドイツ人の明晰な頭脳はケチって上手にやりくりするする為に遺憾なく発揮されます。
ドイツのビッグカメラ的な存在のsaturnというお店があるのですが、そこのキャッチコピーが一時期「geiz ist geil!(ケチはかっこいい!)」というものでした。あっぱれでしょ?

今日の写真は2年住んだベルリンの家の窓からの写真。
ベルリンの寂しい感じがすごく出ている一枚。
うちはミッテと呼ばれる中心地で、ベルリン中央駅からも歩いて15分くらいと超都会だったのですが、それでもこの寒々しさなのですよ。
どうしてこの街に3年も住めたのか、自分でも奇跡的だと…。
そしてパリの華やかな生活は吹きっさらしでからからになった私のハートにきらきらと潤いを与えてくれたのでした。
基本マテリアルガールですから☆マテリアルワールドが居心地が良いのです。

物事の認識は基本、2極間の対比にあります。
私は5年弱の欧州滞在で日本との比較対象を得る事ができました。
消費についてもエコについても日本にいたらここまで意識しなかったと思います。
どの社会にも良いところと悪いところはある。
自分と社会のより良い共生を目指すなら、多くの事象を知り、取捨選択を繰り返し、多角的に物事を見る事が大事。一元的なものの見方では見落とす部分が多くある。
さまざまな事に敏感な女でありたいと感じる秋の夜でした。

余談ですが、帰国後に連絡を取った人たちがみんな口を揃えて「おかえりなさいー」とまず一番最初に言ってくれました。
そうなんですよね。
ここが私のhomeなんだ。
私がベルリンに行ってもパリに行ってもおそらく友人たちは「おかえり!」とは言わないでしょう。
成田空港で飛行機から降りてパスコントロールに向かう途中の階段に大きく日本語で「おかえりなさい」と書いてあり、その下には英語で「welcome to Japan!」と書かれています。
私これがすごく好きで。
日本について一番最初に「ああ、帰ってきたな。」と思わされるのがこの成田の看板。
おかえりなさい、って良い言葉じゃありませんか?
言うのも言われるのも特別な言葉に感じるのは、やはり自分が長くこの国を留守にしていたせいでしょうか。
実は帰国してしばらくはパリのバルベス駅出てちょっと歩けば自分のあのアパートがまだそのままあって、今は実はバカンスで日本に滞在しているだけなのかもしれない、という気持ちが強かった。
だから先月関西に飛行機で行ったときも、帰りの空港から向かう先がパリのアパートではなくて東京の自宅である事がいつまでも奇妙でした。
でもこの旅行の後から、今の自分の家は東京にあるんだ、という意識がきちんと持てるようになった。
ここら辺から自分の今やるべき事が判ってきて、忙しくなった訳です。

いつかまたみんなにおかえりって言ってもらいたいから海外いこうかな(笑
まだまだ先の話だけど!
帰る場所があるってすばらしい。

居酒屋デートおことわり

Saturday, October 9, 2010

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もう立派なレディーなので、きちんと食事に誘ってくださいね。
ていうかもともと「飲みに行こう」より「ご飯いこうよ」の方が好き。
関係者各位様、以上業務連絡でした(笑

さて、帰国して三ヶ月目に突入した訳ですが、なんか毎日異様に忙しくてメールの返信も滞っています。。順次返しますので、しばしお待ちください。PCもあまり熱心に開かない状態なんです。

忙しいのはもちろん仕事方面です。
以前も書きましたが、たまりに溜まったイメージを少しでも早く形にしたくて…。
まだ日本の気候に制作がアジャストできていなく、今までどおり絵を描いていたら、絵の具の乾くタイミングがおかしい。
なんかすっごく乾かない。
それに手こずっていつもより制作ペースが落ちていますが、それでも最低月に一枚は仕上げたい。

最近流行の言葉のパワースポット、私にとっては東京がまさにそれ。
渋谷とか新宿とか、人が集まるところが大好き。
青山も好き。だって生まれ育った街だもの。
安心して、同時にわくわくする。
地面に足をおろすたびにエネルギーが体に入ってくるような感じ。

それにトーキョーガールたちは良い靴に敏感で、ジュゼッペやルブタンをはいていると同世代の女の子の視線が集まる集まる!
すごい。
美意識がとっても高いと思う。
表参道とかを歩いている女の子たちのファッションはキラキラしていて、自分もがんばらなきゃーと思わされる。
そういえば今表参道ヒルズのポスターは私の素敵なお友達のモデルSachiがやってて、活躍ぶりにうれしくなっちゃっいました。
彼女はパリコレモデルを十年以上やりながら、atomic greenという靴のブランドもやっています。
私も一つ彼女の靴を持っているのだけど、まだおろしていないのです。すっごい良い色のラウンドトゥ・パンプス。いつ履こう…
写真はさっちゃんと私in Paris。ちょうど一年くらい前。

ちょっと前までパリジェンヌだった私も今はトキオイテ(仏語でトーキョーガールの意)に戻りつつあります。
さすがにもう109にはあまり行かないようにしているけど、この間久しぶりにとあるものを探しに行ったら、さすがマルキュー期待を裏切らない☆
基本25才過ぎて1.5万円以下の靴をはくのは許されないと考えているのですが、マルキューで売られている靴だけは…なんでか……買っちゃう。
だって本当に可愛いんだもん。

さてさて今日はこんなところで。
前回が長いエントリーだったので今日はライトな内容で終わりにします:)

monologue about the languages #2

Friday, September 24, 2010

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(messy work space in Paris.) 

#1ではドイツ語教師の言葉を借りていくつかの言語の定義付けを書きましたが、それで思い出した面白い小話。語学とは関係ないけどうまいこと言ってるので書き記しておきます。有名なのもなので知っている方も多いのでは?

かのタイタニック号がいよいよ沈みかけた時に乗組員が乗客を落ち着かせ他の乗客を助けるように促す為に、渋っている各国の男性に声をかけました。
アメリカ人男性には「ここで人助けをすればあなたはヒーローになれますよ。」
イギリス人男性には「ここで人助けをすればあなたは大変なジェントルマンです。」
ドイツ人男性には「これは命令です。」
そして日本人男性にはこういったそうです。
「みなさんそうされています。」

こういうのっていったい誰が言い出すんでしょうか。でも各国男性を鼓舞させるキラーコール、思わず笑っちゃいました。右へならえ、長いものには巻かれてなんぼの日本人のマインドがよく出てますよね。もちろん諸外国の紳士たちもしかり。

さて、また語学の話を。

日本人で海外で真っ先に語学が上達するのはおしゃべりな人、なおかつ女の子がほとんどです。
机の上でいくら文法を勉強しても、実践には勝てない。
外に出て、まちがいまくってもとにかく発音した人間のみが習得できる。
よくテレビだけ見てたらいつの間にかわかるようになった、なんて言うのを耳にするけどそんなのは都市伝説。10年住んでいても日常会話以上に上達しない人を私は沢山知ってます。
元来日本男子はシャイな性格が災いし、語学学校においても発言の機会が少ないし、なぜなのか発音も悪い。
発音に関してはドイツ語の学校に通っている時に音楽をやっている人たちにはかなわないと思った。
耳がいい人は発音も自ずと良くなる。
音楽家の友人にそれを言うと「でも一番耳がいいのは物まねの人たちだとおもう」とのこと。なるほど、上には上がいますね。
美術家の私は耳は人並みだけど、目は良い。直感像素質も多少持ち合わせているので視覚的に単語のスペリングなどを記憶できる。実はフォトリーディングという言葉が使われるようになる前から自然と実践していたけど、私の読む本の内容には向かないからほとんどやりません。
語学に関しては本当に人それぞれの勉強法があるけど、とにかくどれだけその言葉に関わるかが勝負です。

そうこう考えている最中に面白いブログ記事を発見しました。
内田樹氏のエントリーで、英語に拒否反応を示す学生が増えているとの事なのです。
確かに日本企業の公用語が英語化されるなど、最近の日本はなんか極端に走りがちな印象。氏は学習に努力と報酬を相関させてはいけないとおっしゃっているが、私は正直アリだと思っている。
氏のように聡明な頭脳を持ち合わせていればこその意見で、私みたいな凡人には学習へ向かう為のモチベーションが必須です。

意見を言う。意思を伝える。
これが未だに私を語学へ向かわせるモチベーション。
日本人の私たちには見られない傾向だが、欧州では発言しない者=何も考えていない=阿呆
という理解がなされる。
「言わぬが花」なんて日本のスーパーローカル概念です。
欧州で何かトラブルに遭ったとき、何も言わないでいたら間違いなく自分が一番不利な状況に追い込まれる。意見を言わない阿呆が割を食うようにできている。
各国女子が集まれば、政治の話、社会の話、日本の男性がどうしてもしなさそうな突っ込んだ議論がランチタイムに勃発する位みんなディスカッションが好き。というか日常なのです。
日本の教育でももっと討論の場を増やすべきだと切に感じる。
もし自分が若い世代に教える時が来たら、作品講評会でも自由な意見が交換できる場にしたい。
そのためにはまず討論の場での発言は私情から発するものではない、ということを第一に据えて展開していかなければなりませんが。

しかしここにきて今まで書いたことを自ら否定するようだけど、本当の事を言えば意思を伝えるのに語学力は必要ないのかもしれない。
イタリア人なんかその国の言葉がうまく言えなくったって、何か不利な状況になるととりあえず抗議する。しつこくしつこく抗議している。本当に感心する。
けっこう欧州はごねたもん勝ちだったりしてしまう。「言うが花」なんです。
欧州人は「とりあえず言ってみる」人が多い。無駄かもしれないけど、とりあえず言う。
すると何回に一回かはどうにかなったりする。
女優の寺島しのぶさんがフランス人の旦那さんの事をクレーマーで困るみたいなことテレビで言ってたけど、それはクレーマーというよりこの「納得いかなかったらとりあえず言う」の精神なのだと私は思う。
日本ではほとんどないけど、そもそも欧州人は職務怠慢だから、例えば洋服屋でほしい服のサイズがなくて店員に聞いても最初は必ず「フロアにないならない。」と言われる。もしくは試着でもみくちゃになったシミだらけの洋服を売りつけられそうになる。
しかししつこく聞くと渋々奥に探しにいく。そして結局希望のものを出してくる。
こういう環境にずっといたら「とりあえず言う」になるでしょ?

近年国際線飛行機は重量制限が非常に厳しく、欧州便などは2~4kgオーバーでも厳しく超過料金を申し立てられる。
数年前の誕生日にちょうど日本に帰ろうとしていた私はチェックインカウンターのお兄さんに超過料金を言い渡されたところダメモトで
「今日私のバースデーなのだけど、ホントにダメ?」
と聞いてみました。
するとちょちょいっとパソコンをいじってウインクをして黙って通してくれましたよー*
ね、とりあえず言ってみるって大事でしょ?

とにかく何もしないで伝わる事なんて、ない。
コミュニケーションだもの。
形にしないものは存在しないに等しい。
シーレは「表現しなかった愛、それは存在したと言えるだろうか」って言って死んでいった。(恰好よすぎて少しウソっぽい。)
私は言語でのコミュニケーションで、できるだけ誤解の少ない相互交通を目指すのです。
意思を形にして初めてコミュニケーション。
愛情だって言葉やはっきりとした態度に置き換えないと、相手にとってはなかったに等しいよ。

また話を言語に戻すけども、もちろん何かについて喋ろうと思ったらそれ相応の知識も必要で、自ずと勉強が必要になる。
だから 話せる=インテリ みたいな図式が欧州では生まれる訳です。

意見も言わず、文句も言わず、白人男性の遊び相手をケナゲに務める日本人女性のなんて多いこと。私の周りの賢明な友人たちにはそういった人間はいないけど、白人男性の私たちを見る目でその成功体験が存分に語られている。もしくは人づてに聞くことが多い。
彼女たちのせいでアンビシャスな日本人女性が多大に迷惑を受けています。
これからの日本の女性は美しいだけじゃなくて、知性もね♥
私も10月からフランス語勉強再開しますよー。

最近このダイアリーを読んでます、と言ってくださる人が大勢いて心から嬉しいです。
そして皆さんがこれをブログ、と呼ばずにダイアリーときちんと呼称してくださることにも愛情を感じられる。
時間を見つけては家で一人もぞもぞと書いているので、パブリックにだだ漏れなただの独り言になってたらイヤだなーと常々感じていました。。。
だから私のダイアリーに興味を持って意見をくれたり、メールをくださったりすると本当に嬉しくて!
外人の友人も目を通してくれているみたいで…どこまで理解できているんだろうか?もっと外国語のダイアリーを増やそうかな…(でも正直スペルチェックがすごく面倒くさい。。。)
なんにしてもまた気兼ねなくたくさん意見を聞かせてください。
ダイアリーとは銘打っていますが、これも私なりの意思を発進する場所であり、派生するコミュニケーションに多大に期待しているのですから。

これからもよろしくお願いします。

so far so good.

Saturday, September 11, 2010

as I hoped,I’m flying to Kyoto&Osaka next week.
last visiting was about one decade before…in recent years just couldn’t have opportunity to be there.been always visiting European countries,so I wouldn’t have time for inland.
the plenty ANA’s millage which I’ve been saving eagerly brings me there without any charges**yey yey****

well…regarding me,doing really well in Tokyo.sometimes this unexpected high temperature(super disgusting!!) forces me keep chaining myself on the bed,but other times so far so good.
needless to say,I feel I’m missing Europe…
heeeyyyyy there!!doing fine??
I’m waiting for you.we shall meet up in my hometown.

ah,there’s just one small notification,I might fly to Copenhagen in next May.could be short staying,but I’d love to visit another place around there as well.at this moment I can say nothing.since it’s too uncertainly.
(but I’d tell you in a whispering voice,hopefully it’ll be Paris.)

in those years I became the one who loves travel very much.who knows that I got to be such kind a person?me in a passed time thought that the travel is just a waste of labor.
nevertheless I was loving being at home or at my area,now I hate being same place for permanently.:D
an acquaintance has told me,the artists will be untalented if they wouldn’t move around.
I’m completely agree with!being in a limited place makes us unsensitive .

just one worrying which I have is that the killer summer weather would hit me out during my staying in Kansai area…would that be alright for me???I’m not yet familiar being in Japanese climate….
anyway,this is the time to escape from my usual.

c’est pourquoi.

Wednesday, September 1, 2010

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(Photo:AOKI takamasa)

東京に戻ってきて一ヶ月ほどたったのですが、会った友人たちに毎度帰国の理由を聞かれるので、ここにもはっきりと記しておく必要があると感じました。

至ってシンプル。

まずはいただいていた吉野石膏美術財団の在外研修期間が2010年7月いっぱいだった事。
そしてその時期と重なるようにビザが切れる事。

お金もビザの事も、これからも継続してパリにいようと思えばどうにかできる事でしたが、そうはしませんでした。

なぜならこの五年弱でたまりにたまったアイデアがあり、それが様々制限のある住環境・制作環境のパリでは形にできないと感じたから。
地元東京であれば、煩わしい事が減り、制作に邁進しやすいと判断したからで、すごくポジティブな帰国なのです。

「まだまだパリにいるのかと思った」とか「どうしてこのタイミングで帰ってきたの?」と矢継ぎばやに言われるのですが、「だってもう十分私いたでしょ?」がホンネ。
それに私は日本人で東京に家族がいて友人も沢山いて、そこに帰ってくるのってそんなにみんな疑問ですか。

最初にベルリンに大学探しにいったのは23歳のとき。
そしてその私が年末で30になります。住んだのは5年弱でも長い間欧州滞在に挑戦してきた。
これからはコップの中の嵐、もとい自分の中に起きた革命をもっとヴィシブルにしていく時間。
溢れ出た水の影響はどのくらいのものになるか。
自分が一番楽しみに思っています。
写真はパリに移る直前のベルリンの仕事場での一枚。(青木さん使わせてもらったよ〜)仕事中だったから、作業着にのーめいく。。。そしてまだ髪が長い。

島国日本において海外に出たり入ったりすることは何かしらドラマがつきもののように感じる人もいるかもしれませんが、現実は意外と淡々としている。
それもそうよ、全部絵のためだもん。
もちろんそれがひいては自分のためでもあるけれど。
やるべきことが背中を押しているだけで、そこにドラマチックな感傷はない。

赤い靴の虜だった私もようやくそれから解放されたようで。呪いをかけていたのも自分自身だったようです。
もうしばらく街から街へ踊って渡らなくてもいいみたい。

ビエンナーレで一緒になった田中泯さんと飲んでいた時に言われたことがある。
「この先いつか私の魂がもう疲れたって言ったらその時は走るのをやめたい。」と告げた私に彼は、
「あなたの魂は本当にそう言うかな?」と仰った。
実にさらりと仰った。
そのとき私は泯さんみたいな人に魂なんて言葉を簡単に使ってしまった事を恥ずかしく思ったし、彼にとって私の浅はかなマインドなんか透けて見えるんだと感じた。
あんな人は他に逢った事がない。
走るのをやめたいって言い出すのは心(Geist)の方で、私の魂(Seele)は決してそんなこと言わない。それっぽい事を言ってエクスキューズしようとしていた自分は本当に未熟者だ。

帰国して一ヶ月が経過した今はすでにちょっとパリが少し恋しい。
私好きだったみたい。街もともだちも。
パリの良さは一言では言えない。
「なんかいいんだよね。」
これが一番的確なパリへの賛辞。
ベルリンはほんのちょっとも後ろ髪引かれないのにね。

先日レポートも無事提出を終えて、制作を再開しました。
良いのが描けそうなの。
涼しくなったら京都に行きたい。

driving

Monday, August 23, 2010

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日曜日にドライブで長野県に行ってきました。
目的地は戸隠神社。
宮崎県からタジカラヲが放り投げた天岩戸が長野まで飛んできて(!)できたお山が戸隠山で、そこにある由緒ある神社が戸隠神社。日本に帰ったらぜひ行きたかった場所だったのです。
BGMにして走ったdriving(dance ver.)といえばeverything but the girlの超名曲で、あのうきうきとした高揚感はまさにドライブにぴったり!他にも彼らは良い曲満載だけど、中でもベストに近い大好きな曲です。青空がよく似合う。詩だけ聞いたらちょっとせつないけど…
everything…は本当に好きなバンドで彼らのアコースティックのアルバムとか涙なしでは聞けない。Ben Wattは今やイギリスハウス界の重鎮で、彼らのハウスアレンジのトラックはすばらしいの一言。driving同様他の曲の歌詞もすごい好き。I didn’t know I was looking for loveとかリリックがきらっきらしてる。

さて肝心の戸隠神社は都心からかなり遠かったけど、横川のPAで釜飯食べたりして道中もとてもいい感じ。
ついたら早速中社を参拝して、さらに奥社を目指して再度5分ほど車に乗った。
そこからは2kmちかくの山道を徒歩で登る。
鎮守の森はマイナスイオンたっぷりの冷気を発していて、と〜っても気持ちいい。
途中の杉の古道もすばらしかった。樹の優しい香りが気分をリフレッシュさせてくれた。
けど、けど…
残り半分をすぎた頃からだんだん山道が急になり、最後奥社に近づくと段差が大きく急な階段が永遠と続くではないの。
こんなにハードな参道とは思ってなかったから、私グラディエーターぺったんこバージョンfrom 109(まただ。笑)というあまり獣道に向いていない靴で馳せ参じてしまいましたから。。。
おまけにハイヒールはいてたらむしろ絶対にないのに、ぺったんこ靴のせいで(?!)途中で足をひねってしまったのです!途中の清流でしばらく足を冷やしてどうにか奥社にたどり着く事ができました。
やっぱり霊験あらたかな場所に行くにはそれなりのハードな道程が控えているのですね…車の道でも日光いろは坂も真っ青な急カーブの坂道があったりと、スリリングな道のりでしたもの。
山道を登る女の子の中にはデート中らしくハイヒールの子も何人か見かけて、本当に辛そうに歩いていました。横にいる彼氏は荷物は持ってあげているみたいだけど、ふらふらの女の子の体を支えてあげる様子もなく、なんか冷たくない?と思ってしまった。デニムホットパンツにナマ足ハイヒールでデートに臨んだ彼女の気合をもっと評価して!などと他人の心配を自分も足を引きずりながらしたものです。

手負いでたどり着いた奥社はひっそりと小さなたたずまいでしたが、どこか威厳のある素敵な拝殿。
参拝後、どうしても引いてみたくなり数年ぶりにおみくじをしてみました。
ここのは300円と少しお高めで、しかも購入時に年齢を告げておみくじを引いてもらいます。
もらったおみくじは見事大吉☆
なんか良い予感がしてたのが的中です。
さすが大吉良い事ばっかりかいてある!!!!
たぶん当たってますよ、これ。うふふ
やっぱりさい先良い良い*

帰りはかなり足痛んだけど、それでも心象よく下山し、戸隠そばをたべて帰りました。
日本の風景もいいもんだなぁ。
欧州の教会もすごいけど、日本人だしやっぱり神社に参拝した方が背筋が伸びます。それになによりありがたい。
もう少し涼しくなったらドライブがもっと良くなるだろうなぁ。

ちなみに帰国後は毎日在研のレポート作りに苦心しています。これが終わらないと制作には移れないので。
今回提出するものはこの一年間の研修内容に対してだけど、実際は5年分の成果報告的性質も持ち合わせてしまう。
大変なのなんのって。
自分の過ごしてきた時間を振り返るにはもう少し時間が欲しいけど、がんばって作成してお世話になった財団に届けなくちゃ。
毎日パソコンでずっと文章書いているから、息抜きがてら思わずダイアリーのエントリーが増えてしまっています。それが今月3回もアップした理由:)

ねえねえねえねえ これが終わったら今度は温泉に連れて行って!

monologue about the languages #1

Friday, August 13, 2010

帰国して間もないですが今日は言語についての独り言、あくまで自分の実体験に基づいた解釈について記しておこうと思います。
フランス人じゃないけど、私にとっても言語は非常に大切な要素。
もちろんこんな切りのないなテーマに不肖者の私が向き合うのですから散漫に終わるのは目に見えているのですが…どうぞおつきあいください。
一度に載せるには長文になりそうだったので、何回かに分けて書いていきます。
初日の今日は私と外国語の関わりについて。

 私の親戚には日本語が全く話せない欧州系の人間がいて、幼少時から外国人が割合身近でした。高校生の時にはその家にホームステイをして一夏を過ごしたり、いとこにくっついて現地の高校の授業を一緒に受けてみたり。欧州のマイナー言語を話す国の人たちなので、彼らとコミュニケーションをとろうと思うと必然的に英語をしゃべらざるを得なく、別にうまくはなかったけど第二言語を話す事自体への抵抗は平均的日本人よりは少なかったはずです。
 海外留学を考え始めた頃幸か不幸か全く英語圏に興味がなく、前回書いたようにドイツに一直線に向かってしまったため、当初の私にとって宇宙語に匹敵するようにも思えたドイツ語を勉強するはめになりました。ドイツ語を話せるようになるという事は宇宙人になるに等しい事だと真剣に思うほど、獲得が困難そうな言語でした。
でも本当に地道に時間とお金を(語学学校はすごく高額)惜しまずこつこつ勉強していったら、いつの間にかしゃべれるようになるんですよね。宇宙人になった訳でもないのに(笑
大学院生の頃に展覧会して売れた作品のお金の多くを語学勉強代に当てていました。

ドイツに住み始めた頃には独検準一級以上の試験にも合格していたので、耳が慣れてきた2ヶ月目位からわりと苦労せずに過ごせた記憶があります。ボキャブラリーがない頃は毎日電子辞書を持ち歩かないと不安だったけど、例えば薬局でわからない商品名などがあっても裏の説明を読めば内容が推測できるようになったのがだいたい半年目くらいだったかな。
このように言語にはある瞬間ふっとわかるようになった自分に気づく瞬間が誰にでもある。

 ただドイツ語がちょっとできるようになってくると、もともとあったなけなしの英語が頭の片隅に追いやられてしまい、ただでさえゲルマン語族同士似通っているので、英語を喋らなきゃいけない時にもどうしてもドイツ語が出てきてしまう症状に悩まされます。多くの第三外国語を習得中の人間にみられる兆候です。
 しかし逆によく似た言語同士なので、特に勉強しなくてもいつの間にか英語も以前より話せるようになっているという嬉しいオプション付き。

 パリに住む事が決まった時には、特に言語に対する不安はありませんでした。
第三言語まで勉強していると、もうあといくつ増えようが体得するまでの個人的ノウハウが出来上がっているのでモノにする事が不可能ではないという自負が芽生えたからです。
実はそんなに努力しなかったけど、意外とできるようになってしまったフランス語。文法とか単語とかあまりにゲルマン語とかけ離れていたので、最初はまーーーったく理解不能でしたが。読まないなら書かなきゃ良いのに…って思うくらいスペルが無駄に長い。
 しかしパリに住んでいた間ドイツ人の友人があまりいなかったため、せっかく勉強したドイツ語はだいぶ腕が落ちたと思う。とってもくやしい。。。
 聞いた話によると国連に勤めるには母国語以外に最低三か国語を話せなくてはいけないらしいけど、私の英語ドイツ語フランス語では到底そのレベルに達していないだろうなぁ だって国連レベルって多分ネイティブばりに話せる事を言ってるんでしょうから。。
まあ良いんです。国連に勤める可能性なんてゼロに近いし、あくまでアーティストが活動上必要な分だけ喋れれば。

 言語って集団心理が大きく関わっていると感じます。
周りがドイツ語でものを考えていないと、私もドイツ語で思考する事が困難になるし、周りがフランス語で考えていれば、自然と私もフランス語を理解できるのです。フランスの空気がフランス語を含んでいるんです。空気が人の意思を伝達してくれます。
 エヴァンゲリオン(大好きーーー!!)では一番最初に操縦者がエヴァに自分の言語を設定し、もしその他の言語で思考したり発音してしまうと正確にオペレーティングシステムが作動しないという設定があるのですが、私にとってこれすごくリアリティーがあるんですよね。
上記を例にとるなら、私がパイロットで周囲がエヴァ。また反対でも良し。
双方の言語が共通していないと、正常に機能しない。フランスで喋るドイツ語は喋ろうとすると脳内に大量のノイズが入ったように、引き出してくるのが難しい。
母国語である日本語ですら、外国においてはすらすら喋れない時がある。空気中にまるで日本語が含まれていないからだ。
ちなみにアスカの喋るドイツ語はイントネーションが全部にわたりおかしくて、何を言っているのかさっぱりわかりません。。

 そうそう、ベルリンの語学学校の先生が教えてくれた面白い言語の定義を今回の締めに記しておきます。
それぞれの言語がどのような立場にあるかをユーモラスかつアイロニカルに表したものです。
それは以下のようなもの。

 英語はすべての人のためのもの。
 フランス語は愛をささやくためのもの。
 イタリア語は歌を歌うためのもの。
 ドイツ語は…命令のためのもの。犬や軍隊に指令を出すためのことば。

なんて気の利いた定義付け。こんな事言えるドイツ人ってやっぱり頭良いなぁ そしてちょっぴり卑屈。

 気の遠くなるようなガチガチの文法に守られているドイツ語は、確かにロジカルなドイツ人にぴったりというか、言語自体がロジカルにできているんです。言語が文化を創るし、人を作る。

本当に言語って面白い。

I’m back(with high-heel).

Sunday, August 8, 2010

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少し前に東京に帰ってきました。
このたびは本帰国です。
足掛け五年欧州にいました。25歳の時から30になる少し前までということなので、まさに20代後半は海外生活に捧げました。

海外に出た動機として、世界言語で表現することがアーティストの大前提である以上日本しか知らないとあっては何も発言する権利がないと常々感じていたからであり、大学院卒業と同時に渡独を決行。
中学生時分から「行くならドイツ」って思っていたので、自分の中では至極当然の流れでした。
慣れるまでも慣れてからも大変な事だらけだったけど、4年目にパリに移り住んでからは友人にもとても恵まれて幸せな滞在でした。帰ってくるのが惜しく感じたくらい。
人の骨の細胞は二年で入れ替わると言いますが、長い事欧州にいた私の心身ともに日本に住んでいた頃とは大きく変化したと自覚しています。今の私の身体組織のすべては欧州で作られたものです。

離れる事で見えてきた日本の事。住む事でわかった欧州の事。
旅行やワーホリで滞在するのと、実際にビザを申請し、その街でお金を稼ぎ、税金を支払って生活するのは大きな違いがあります。ましてどこかに雇われている訳ではないので、インディペンデントアーティストとしてすべて自分でやらなくてはいけない状況は、生易しいものではありません。
外国人である事がどういった事か。
外国語で思考することはどういった違いがあるか。
カルチュラルギャップはどこまで受け入れられるのか。
他にもさまざま…

振り返るにはまだ生々しすぎるので時期を見てまたこのダイアリーにつけようと思います。

そうそう、帰りの飛行機はコリアンエアーで帰ってきたのですが、なーーーーーんと、生まれて初めてファーストクラスに搭乗!!!
もちろん自前でそんなチケットを買える訳もなく普通にエコノミーをブッキングしていたのですが、乗る直前にチケットを係員が機械に通した所、別のチケットが発券されて「お客様の席がファーストクラスに変更されました。」と耳打ちしてくるではありませんか。(他のエコノミー乗客に聞かせないための配慮?)
半信半疑で書かれた座席を探すと、飛行機二階部分に私の席はありました。この不景気でファーストはガラ空きだったため隣の席には誰も来ず、つまり2席分を一人で使用!ゴージャス!!!
出発前に機長が挨拶にくるわ、食事やワインはやたら豪勢だわ…。飛行機の上で陶器の食器で食事したのも初めてだし、引き出し式の机に真っ白なテーブルクロスがかけられたのも初体験。。心なしかいつもよりブランケットもフワフワな気が。毎回飛行機に乗ると3本は映画を見るのに、今回は食事しかした記憶がありません。

私コリアンエアー大好きなんですよね。だって飛行機の中でビビンバ食べれるし(アジアの食べ物に飢えている海外滞在者にはすごくうれしい☆)、CAのお姉様がたは綺麗でやさしいし…。それにインチョン空港でのショッピングが何よりもお目当て。コリアンコスメを買いまくり、欲しかったクロエのサングラスもウォン安でかなりお得にゲットできたし。たのしー***
さんざんショッピングを楽しんだ後、実はすったもんだがあり、ボーディングタイムぎりぎりになってしまったのですが、怪我の功名でインチョンから成田に向かう飛行機もビジネスクラスに乗せてもらいました。
ビジネスは昔家族で旅行していたときに乗った事がありますが、こちらも超ひさしぶり。
しかし人間の欲というものは上を知れば果てしなく、私もとうとうファーストの後のビジネスはショボく感じるという魔道に堕ちてしまった2010年夏。。。贅沢って(素)敵。
なかなかの珍道中でしたが人生で何回あるかわからないファーストクラスを体験できたので、ハイテンション&ハッピー気分で帰国する事ができました。
家についてからも元気で全く疲れていなかったのは広いシートで熟睡したからでしょうね。うーん毎回あれだったら良いのに。。。。
いつもファーストとは言いませんが、ビジネスに乗れるくらいの資本があったら最高。

最後にここで私のポリシーをひとつ。
「飛行機に乗る時はぜったいにハイヒール!」
いつもでしょ、とか言わないで。私だって近所のスーパーに行く時はビルケンはいたりします。
とにかく何が何でも飛行機に乗る時は絶対にヒールのある靴で乗り込むのです。
母には「何かあったときに逃げられないからダメ!」と毎度しかられるのですが、何かあったらヒールとともに紺碧の海に沈む覚悟ですので、むしろ本望です。笑
今回は12cmヒールのキャメル色のグラディエーターfrom 109でした。とっても素敵なの☆
スリッパを持ち込むという反則技もしません。とにかくずっとハイヒールです。
しかし今回はイレギュラーにアッパークラスに乗ってきてしまったので、機内用スリッパが用意されていました。笑
ハイヒールでフライト、女の子にはおススメです。もちろん服もそれ相応で***
女前あがります。

こんな夢を見た。

Thursday, July 29, 2010

gau
タイトルは漱石の夢十夜における有名な書き出しですが…
昨日明け方あまりに印象的な夢を見たのでノートしておきたくなりました。

 夢の中で私はいろいろな街を観光しているみたいだ。ガウディー建築のような複雑な建物などを歩いた。
それまで曇天のヨーロッパにいたと思ったら、次のシーンではよく晴れた日本にいた。
私は一人ではなく誰か友人と一緒にいたがそれが誰かはわからない。
少し歩くと急に視界がクリアになって、とたんに美しい神社が目の前に現れた。
ここに来るまでの過程で鳥居は見なかったが、それが神社であると直感的に察した。
おもわず私の口から「わぁ」という声がもれた。
神社の拝殿には川が流れ込んでおり、宮司さんたちが参拝客を乗せて船をこいでいる。
晴天の青と神社の色彩で見た事もない位美しく感動的な光景だった。
私たちは川の横にある道から拝殿に入って行った。
中はほの暗く沢山の参拝客で込み合っていた。私はそこでお説教を聞き、その場を後にした…

 この日は頭痛で目が覚めるような体調だったのだけど、この夢があまりに鮮明で起きてからも何度も夢の映像を反芻しては、幸福な気持ちになった。あんなきれいな神社の夢を見るなんて、これからの自分の展望に希望の光が降り注いだような気がしてなりませんでした。
晴れた日の神社は空の青と、鳥居の赤で日本美の極致だと思います。

 夢十夜は実際に漱石が見たという夢を10話の短編としてまとめた本です。しかし彼の見た夢は高尚な聖職者の見る夢であったり、医者の見る夢であったりと、彼がただの小説家ではない事を伺わせます。

 一説によると夢日記はずっとつけていると気が違ってしまうそう。
毎日毎日つけていると、そのうちどういうコンディションだとどういう夢を見るのかわかってしまい、現実よりも夢を見る事を好むようになり、ついには気がふれてしまうんだそうです。有名なアーティストにも一人夢日記をつけていておかしくなった人がいますよね。

 夢に出てくる物や人はすべて存在します。自分が過去に見た物や会った人しか夢に見る事ができません。それは自分がまったく意識していない場面(例えば電車の中ですれ違った他人や、一度通っただけの道など)を脳は記憶しており、それが夢の中で再構築されて脳内スクリーンに投影されます。
 フロイト先生に言わせたら夢は何でも性のメタファーになってしまうので首をひねる事も多々ありますが、激動の19世紀に無意識そのものを発見したその功績は皆さんご存知の通り美術にも大きな影響を与えました。特にフランスのシュールレアリズム運動は色濃く影響を受けたわけですが、そのフロイトの孫、ルシアン・フロイトの回顧展が今ポンピドーでやってます。
画家フロイトの回顧展は以前デンマークのルイジアナ美術館でたっぷり見たので、今回も一応ポンピには行ったけど、新しい発見はなにもなかった。

 それより今jeu du paumeでやってるWilliam Kentridgeの展示「5 themes」がすばらしい!
南ア出身でN.Yで高い評価を受けているケントリッジですが、やはりどこかヨーロッパにはないスタイリッシュさが新鮮。
木炭で書いた絵を動かすアニメーションが彼の持ち味ですが、手作業のみが表現可能なあの作品の強度。すばらしいの一言。
ていうかよくよく考えてみたらパリでまともな現代美術の展示見たの初めてかも…

lots of things to be done,but….

Friday, July 2, 2010

bon1
2週間前まで寒かったと思えば一気に夏がやってきて、扇風機もエアコンもない街パリはどこも暑く蒸しています。
街を歩けば沢山のツーリストだし、いよいよバカンスシーズン到来!
6月末からはソルドも始まって、それはもうにぎやかです。
 今回は先のプライベートセールで相当鞄や靴を買ったので、ソルドは控えめに行こうと思っていたのですが、今期のsandroが可愛くてついついワンピースばかりを6枚(!)も買ってしまった。。
そもそも年中半袖ワンピを愛用しているのですが、本当にこうも暑いとデニムとかとコーディネートするようなカットソーを買うつもりには全然なれない!
 日本で人気のマキシワンピはパリではあまり見かけません。パリジェンヌは今期はホットパンツにサンダルが多いですね。大胆な足見せがポイント?!ついついレギンスを合わせがちな日本人ですが、潔く足出している方が涼し気で可愛い気がします。
 私もデニムのホットパンツでモンマルトルをお散歩していたら、入ったお店の店員にマダム、ではなくマドモワゼルと呼ばれてしまいました。たいていの場合、マドモワゼルはお嬢ちゃん、って感じの響きです…hmmmmm
 なんせこっちの人は太ってようが、セルライトばりばりだろうが、かまわず露出しますから。ミニの中年女性も結構見かけます。ハイヒールのおばあちゃんもいます。死ぬまで女、ですから。

 季節が良くなってくるとパーティーやらなにやらのお誘いも増えて、みんなの高揚感が伝わってきます。
長い長い冬が終わったんですもの。外に出て太陽を浴びたくなるってもんです。
いろいろ忙しいですが、その合間をぬって夏を楽しみます。

 写真はボンマルシェのディスプレー。以前私が描いたカーテン、って絵にちょっと似ている。左岸のシックな建物まで写り込んじゃって、とってもパリっぽい。
今回は靴のフェアみたいなのやってて、それのポスターもとんでもなく可愛かった。

Giuseppe Zanotti and World Cup

Monday, June 14, 2010

sai
最近靴を5つ買いました。
そのうち3つは最愛ジュゼッペ様のお靴!
ビジュー付きサンダル、レオパード模様、そしてちょいグラディエーター!どれもこれもお美しい。。
惜しむらくはパリではほとんど活躍の場がない事。
石畳にヒール部分を傷つけられ、足下をすくわれ、アパルトマンの半径10mで今まで何度アフリカンのブラザーに話しかけられたことやら…フェミニンな服装の日ほどその率は高く、本当にこの国では”女は女である”と実感させられる。

そしてこのところ我が家のある9区と10区と18区の境目は数日置きにそのブラザーたちがDNAに刻み込まれた天性のアフリカンビートを太鼓とその歌声で披露しており、大変にぎやか…
そう、ワールドカップ。
アフリカ系の国の試合があるたびに、その国の輩が駅周辺に旗を持って集まり、応援する声が町中に響きます。その声で試合の結果がわかりそうなくらい!
今日もさっきから駅周辺でわーわー聞こえているのでどこかの試合があるんだろうな。

前回のドイツ大会は、まさに決勝の地、ベルリンにおりました。
本格的に住み始めた年でまだドイツのこともほとんどわからない時だったのですが、ドイツ人の友達などと連れ立ってカフェで観戦したり、スペイン人の友人と日本戦を観戦してなんか恥ずかしい気分になったりと、けっこう良い思い出です。決勝はイタリア人の知人のレストランで見ていたため、ジダンが頭突きをくわらした瞬間などのブーイングはすごかった。もちろん優勝の瞬間の盛り上がりもひとしお…。

大会中に川岸でのんびり友人とくつろいでいたら、そこには一人で酔っぱらい叫んでいる中年男性が。
べろべろになっているらしく、言っている事が聞き取れなくてドイツ人の友達に通訳をしてもらったら「ドイツが勝っているのは、ドイツチームのほとんどがポーランド人だからだ!クローゼは完全にポーランド系だし、xxx(名前忘れた)だって母親がポーランド人だし…………」と次々にドイツ代表の名前を列挙してはポーランドとの血縁関係を叫んでいたらしい。

夜バーに飲みに行けば外国人に話しかけられ「ボクノ コドモヲ ウミマセンカ?」としょうもない日本語を言われたり。そういう時はいじわるして、首をかしげ意味が分からないふりする。そうするとたいていちょっと恥ずかしそうに自分の日本語まちがってたかなー?!って顔していなくなってくれます!
いつも思うのですが、こういう日本語を外人に教える(また逆もしかり。)人がどうして後を絶たないのだろう???
大会中はベルリンの町中に世界中のサポーターが大挙して押し寄せてきており、街の中心地に大学があった私はその通学路を横切るのも一苦労で、早く終わってほしいと切望していたのでした。

今大会は家にテレビもないし、ひいきの選手もいないので、私の中での盛り上がりはイマイチ。
でも初戦はラジオ観戦で日本の勝利をリアルタイムで喜びました。
個人的にはいとこや叔母がデンマーク人なので、デンマーク戦は完全にお強いそちらに譲ります…という気分。
そういえばベルリンのときの語学学校にすっごく性格のいいカメルーン人の男の子がいたなぁ。明るくていつもクラスの中心になってた。
いつか私が日本のテレビで「カメルーンとは現地の言葉で『エビのながれる川』という意味」といった内容を見た事があり、それを彼に話したところ、「外国人でその事を僕に話してきたのは君が初めてだよ!」と喜んでくれました。どこぞで聞きかじった浅学も異文化交流やパーティートークでは役に立つものです。
オランダはスキポール空港を何度となく利用はしたものの観光はしたことない…個人的に知っているオランダ人は気のいい人が多い、かな?あと、英語がうまい。ドイツ人もうまいけど。オランダ語は現存する言語で今一番英語に近い言葉と言われています。

などなど対戦国や参加国に思いを馳せていたら、日本にいた頃には考えられないくらい色々な国の知り合いができている事に少し驚いた。
袖触れ合うのも他生の縁、
とても好きな言葉。
「多少の縁」だと勘違いしている人多いけど、けっこうそれだと意味が違ってしまう。
出会いに偶然はないとしみじみ思わされます。

今度のジュゼッペの靴は私をどこに連れて行ってくれるかな♪
ちなみに私、10センチ以上のヒールでも平気でスポーティーで超タイヤの細いシティーバイク(写真)乗り回します。ベルリンでは少年のような青いマウンテンバイクにやはりハイヒールで乗ってました。
それで車道とか走っちゃうのです。
こう見えて自転車好きなんです。
写真は東京に住んでいるオーストラリア人の友達がもうじき高円寺に自転車やさん兼カフェ(で合ってる?!)を開くというので、そのイメージで頼まれて撮ったもの。
お店の完成が楽しみね。
早く遊びに行きたいな

rest in peace,dear Louise

Wednesday, June 2, 2010

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ルイーズ・ブルジョワが亡くなった。
98歳。
フランス生まれの彼女はすばらしい彫刻家だった。数年前のベネチアで最高齢で賞をもらった事も本当にすごい事だった。
彼女の作品の主核は「痛み」だったそうだが、確かに彼女の作品を見るたびにひりひりと私の心も痛みを共有したものだ。彼女について書かれた多くの本より彼女の人生は辛苦の多いものであったと容易に知る事ができる。
彼女のいろいろなメディアを使った彫刻作品もすばらしかったが、平面作家の私はやはりドローイングに惹かれるものがあった。手数も少なく、色彩も最小限のドローイングたちは、彼女が、ひいては女性が内包する不安感や獣性を強烈に訴えた。ポンピドーセンターにもコレクションがいくつもあり、現在もelles@pompidouにて見る事ができる。
生半可なフェミニズム論などがふっとぶような、彼女にしか表現できない女性性を常にエスタブリッシュされたスタイルで提示していた。
私は彼女の作品の前に立つと、閉じ込めていた自分の孤独感や秘密が急に露呈したような気分になり、じっと動けなくなりながらも目をそらしたくなる。
画集も欲しかったけど手元においていつでも見れる状態にする事が、自分の古傷をえぐる作業に思えて結局一冊も持っていない。

日本では六本木ヒルズのシンボルとしてのmotherという蜘蛛の巨大彫刻が一番知られているだろう。このメス蜘蛛はおなかの中にマーブルでできた卵をいくつか孕んでいる。
彼女は結婚して子供を産んでからも、作家として成熟できた希有な存在だ。
多くの女性アーティストが伴侶を得て、子供を持つと作家としての鋭さを失って行く中で、彼女はむしろさらに女性という性を深く掘り下げる事に成功し、すばらしい作品を作り続けた。
本当に尊敬します。
自分もそうでありたいと心から願います。
辛い半生だっただろうが、女性が生涯現役の一流作家でいられる事を体現してくれたブルジョワに感謝の気持ちを込めつつご冥福をお祈りいたします。

フランスには彼女のようにたまにとんでもない女性性をもった人物がいる。タイプは違うが、マルグリット・デュラスにしてもそうだ。平素女らしいと評される私でも(自分では全くニュートラルに振る舞っているつもりですが)、デュラスの小説を初めて読んだときはその女っぷりに「か…勝てない。。。」と心底敬服したものです。
そういえば昔エマニュエル・べアールが主演した映画で「フランスの女」というのがあったけど、この際観てみようかしら。

さてここからは余談だけど、ヒルズの蜘蛛、実はけっこう厄介な存在だったりする。
というのも、話によると、蜘蛛というのは風水上不吉な生き物で、それがやはり風水上最悪な位置にヒルズでは置かれてしまっているらしい。
だからこの彫刻の目の前で、子供が回転扉に挟まれる事件が起きたり、ヒルズに会社を構える大企業が次々と撤退を余儀なくされるような事がおこっているのだそうだ。数年前のホリエモンの逮捕劇しかり…
アートがただのオブジェクトではなく、環境にも大きく影響する力を持ち、支配する存在であることを知らされる。(しかしこの場合は決してブルジョワが邪悪なものを作った、という意味ではない。アートとはそれだけインフルエンシャルな存在であるという事だ。)
いつかギャラリストの三潴氏が「毒にも薬にもならないものを作っても意味がない」といった内容の事を話されていたのを今でもよく覚えている。
本当にその通りだと思う。

Amazon,John Currin そして谷崎潤一郎

Monday, May 31, 2010

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久しぶりに画集をamazonにて買いました。
というのも、パリに移り住んでからというもの一度たりともまともに荷物が届いた事がなく、amazon.frで注文するのがためらわれていたからです。
ドイツに住んでいた時ですら荷物がまともに届かなくて困っていましたが、さすがフランスその比じゃありませんね。
ドイツでは確実にその時間は家にいたのに、インターフォンをならされた形跡もなくいつも不在表がポストに入っており、近所の郵便局まで引き取りに行っていました。受取人の名前が外人だと配達する側も差別的にこういった事を平気でします。
しかし、パリはもーーーっとひどくて、今まで過去数回荷物を送ってもらったのですが、ベルリンからの引っ越し時の16箱すべて赤の他人が受け取り、サインまでして黙って持っていたり(何のための宛名だか。。偶然持ち主を探し当てて、引き取りました)、母がわざわざ送ってくれた去年のビエンナーレのカタログは結局うちに届けられる事なく、どこにいったのやら…
アパルトマンの集合ポストに基本放置される荷物はなくなりやすく、周りも被害が続出しています。
荷物が絶対に届く日本って、奇跡としか言いようがない。

こんな状態なのでとてもじゃないけどアマゾンを利用できず、フランスは画集が高いので我慢していました。
そんな中比較的アマゾン注文に成功している友人に頼み代理でJohn Currinの豪華本を、最近新たに考えている作品シリーズのリサーチとして購入してもらいました。
彼は2000年前後に日本でも名前を聞くようになり、当時の美手帳では会田誠氏と比較などもされていた作家。
一見どこまで本気かわからない人を食った表現も多いカリンですが、経歴を見ればアメリカの超エリートで全部が計算である事も見て取れます。
最近のアメリカの売れっ子作家はみんな軒並みハイパーエリートが多い。彼らにとってアートはインテリジェンスゲーム的な側面もあるのでしょう。ゴッホ系の魂のアーティスト的なアティテュードは時代性に合わないんでしょうね。
あくまで欧州内での話ですが、やはりラテン系の作家は未だにパッションが作品を作るエンジンになっていて、北に行くに従って作品と作家の距離がある。
イタリアやスペインにはVicky Christina Barcelona(去年のウッディー・アレン作品)のアントニオみたいな絵描きが未だに本気で存在している。

とにもかくにもがアマゾンでの注文は渋っていましたが、たまに掘り出し物の画集を見つけては別のところで購入していました。
パリの市内に何店舗かMona Lisaitという本屋があり、そこでは「これ、どこの?!」と言いたくなるようなマイナーな出版社の画集なども格安で売られています。偶然マレを散歩中に見つけて以来なにかとお世話になっていて、画集以外にも面白い洋書が豊富でおすすめです。
それでもやっぱり印刷物の父・グーテンベルグを生んだ国、ドイツの方が本屋は充実していたなぁ。ハンブルガーバンホフ美術館の本屋とか懐かしい。

本といえば、現在寝しなに谷崎潤一郎の春琴抄を読んでいるのですが、面白くて面白くて…!
谷崎は欧州でも人気で、ベルリンのメトロで痴人の愛(独題「NAOMI」)を読んでいる女の子を見た事があります。
こんなにしっとりとした官能の世界を最上の日本語で書き上げる谷崎氏に深く畏敬の念を感じます。未だかつてタイプされた文字に登場人物をここまでリアルに想像させられた事はあったかしら…
すごすぎて読む前にちょっと勇気がいるほど。
ちょうど読み始めた5月23日は作中で春琴の誕生した日でもありました。
美しき盲目の三味線師匠・春琴とその弟子・佐助の絶対的な従属関係の中での愛がどうなっていくのかドキドキしながら読んでいます。自分より若年の幼女・春琴に稽古という名の暴力折檻を受けて夜毎ひぃひぃ泣きながらも献身的に彼女を支える佐助。
痴人の愛のナオミもそういえばおじさん殺しだったな。
春琴は別の弟子の利太郎に傷つけられ、その姿を永遠にとどめるために佐助も自ら盲目になるのですが…
すこしあらすじ書くだけでこの濃度!
谷崎の美意識炸裂です。

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