monologue about the languages #2

Friday, September 24, 2010

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(messy work space in Paris.) 

#1ではドイツ語教師の言葉を借りていくつかの言語の定義付けを書きましたが、それで思い出した面白い小話。語学とは関係ないけどうまいこと言ってるので書き記しておきます。有名なのもなので知っている方も多いのでは?

かのタイタニック号がいよいよ沈みかけた時に乗組員が乗客を落ち着かせ他の乗客を助けるように促す為に、渋っている各国の男性に声をかけました。
アメリカ人男性には「ここで人助けをすればあなたはヒーローになれますよ。」
イギリス人男性には「ここで人助けをすればあなたは大変なジェントルマンです。」
ドイツ人男性には「これは命令です。」
そして日本人男性にはこういったそうです。
「みなさんそうされています。」

こういうのっていったい誰が言い出すんでしょうか。でも各国男性を鼓舞させるキラーコール、思わず笑っちゃいました。右へならえ、長いものには巻かれてなんぼの日本人のマインドがよく出てますよね。もちろん諸外国の紳士たちもしかり。

さて、また語学の話を。

日本人で海外で真っ先に語学が上達するのはおしゃべりな人、なおかつ女の子がほとんどです。
机の上でいくら文法を勉強しても、実践には勝てない。
外に出て、まちがいまくってもとにかく発音した人間のみが習得できる。
よくテレビだけ見てたらいつの間にかわかるようになった、なんて言うのを耳にするけどそんなのは都市伝説。10年住んでいても日常会話以上に上達しない人を私は沢山知ってます。
元来日本男子はシャイな性格が災いし、語学学校においても発言の機会が少ないし、なぜなのか発音も悪い。
発音に関してはドイツ語の学校に通っている時に音楽をやっている人たちにはかなわないと思った。
耳がいい人は発音も自ずと良くなる。
音楽家の友人にそれを言うと「でも一番耳がいいのは物まねの人たちだとおもう」とのこと。なるほど、上には上がいますね。
美術家の私は耳は人並みだけど、目は良い。直感像素質も多少持ち合わせているので視覚的に単語のスペリングなどを記憶できる。実はフォトリーディングという言葉が使われるようになる前から自然と実践していたけど、私の読む本の内容には向かないからほとんどやりません。
語学に関しては本当に人それぞれの勉強法があるけど、とにかくどれだけその言葉に関わるかが勝負です。

そうこう考えている最中に面白いブログ記事を発見しました。
内田樹氏のエントリーで、英語に拒否反応を示す学生が増えているとの事なのです。
確かに日本企業の公用語が英語化されるなど、最近の日本はなんか極端に走りがちな印象。氏は学習に努力と報酬を相関させてはいけないとおっしゃっているが、私は正直アリだと思っている。
氏のように聡明な頭脳を持ち合わせていればこその意見で、私みたいな凡人には学習へ向かう為のモチベーションが必須です。

意見を言う。意思を伝える。
これが未だに私を語学へ向かわせるモチベーション。
日本人の私たちには見られない傾向だが、欧州では発言しない者=何も考えていない=阿呆
という理解がなされる。
「言わぬが花」なんて日本のスーパーローカル概念です。
欧州で何かトラブルに遭ったとき、何も言わないでいたら間違いなく自分が一番不利な状況に追い込まれる。意見を言わない阿呆が割を食うようにできている。
各国女子が集まれば、政治の話、社会の話、日本の男性がどうしてもしなさそうな突っ込んだ議論がランチタイムに勃発する位みんなディスカッションが好き。というか日常なのです。
日本の教育でももっと討論の場を増やすべきだと切に感じる。
もし自分が若い世代に教える時が来たら、作品講評会でも自由な意見が交換できる場にしたい。
そのためにはまず討論の場での発言は私情から発するものではない、ということを第一に据えて展開していかなければなりませんが。

しかしここにきて今まで書いたことを自ら否定するようだけど、本当の事を言えば意思を伝えるのに語学力は必要ないのかもしれない。
イタリア人なんかその国の言葉がうまく言えなくったって、何か不利な状況になるととりあえず抗議する。しつこくしつこく抗議している。本当に感心する。
けっこう欧州はごねたもん勝ちだったりしてしまう。「言うが花」なんです。
欧州人は「とりあえず言ってみる」人が多い。無駄かもしれないけど、とりあえず言う。
すると何回に一回かはどうにかなったりする。
女優の寺島しのぶさんがフランス人の旦那さんの事をクレーマーで困るみたいなことテレビで言ってたけど、それはクレーマーというよりこの「納得いかなかったらとりあえず言う」の精神なのだと私は思う。
日本ではほとんどないけど、そもそも欧州人は職務怠慢だから、例えば洋服屋でほしい服のサイズがなくて店員に聞いても最初は必ず「フロアにないならない。」と言われる。もしくは試着でもみくちゃになったシミだらけの洋服を売りつけられそうになる。
しかししつこく聞くと渋々奥に探しにいく。そして結局希望のものを出してくる。
こういう環境にずっといたら「とりあえず言う」になるでしょ?

近年国際線飛行機は重量制限が非常に厳しく、欧州便などは2~4kgオーバーでも厳しく超過料金を申し立てられる。
数年前の誕生日にちょうど日本に帰ろうとしていた私はチェックインカウンターのお兄さんに超過料金を言い渡されたところダメモトで
「今日私のバースデーなのだけど、ホントにダメ?」
と聞いてみました。
するとちょちょいっとパソコンをいじってウインクをして黙って通してくれましたよー*
ね、とりあえず言ってみるって大事でしょ?

とにかく何もしないで伝わる事なんて、ない。
コミュニケーションだもの。
形にしないものは存在しないに等しい。
シーレは「表現しなかった愛、それは存在したと言えるだろうか」って言って死んでいった。(恰好よすぎて少しウソっぽい。)
私は言語でのコミュニケーションで、できるだけ誤解の少ない相互交通を目指すのです。
意思を形にして初めてコミュニケーション。
愛情だって言葉やはっきりとした態度に置き換えないと、相手にとってはなかったに等しいよ。

また話を言語に戻すけども、もちろん何かについて喋ろうと思ったらそれ相応の知識も必要で、自ずと勉強が必要になる。
だから 話せる=インテリ みたいな図式が欧州では生まれる訳です。

意見も言わず、文句も言わず、白人男性の遊び相手をケナゲに務める日本人女性のなんて多いこと。私の周りの賢明な友人たちにはそういった人間はいないけど、白人男性の私たちを見る目でその成功体験が存分に語られている。もしくは人づてに聞くことが多い。
彼女たちのせいでアンビシャスな日本人女性が多大に迷惑を受けています。
これからの日本の女性は美しいだけじゃなくて、知性もね♥
私も10月からフランス語勉強再開しますよー。

最近このダイアリーを読んでます、と言ってくださる人が大勢いて心から嬉しいです。
そして皆さんがこれをブログ、と呼ばずにダイアリーときちんと呼称してくださることにも愛情を感じられる。
時間を見つけては家で一人もぞもぞと書いているので、パブリックにだだ漏れなただの独り言になってたらイヤだなーと常々感じていました。。。
だから私のダイアリーに興味を持って意見をくれたり、メールをくださったりすると本当に嬉しくて!
外人の友人も目を通してくれているみたいで…どこまで理解できているんだろうか?もっと外国語のダイアリーを増やそうかな…(でも正直スペルチェックがすごく面倒くさい。。。)
なんにしてもまた気兼ねなくたくさん意見を聞かせてください。
ダイアリーとは銘打っていますが、これも私なりの意思を発進する場所であり、派生するコミュニケーションに多大に期待しているのですから。

これからもよろしくお願いします。

so far so good.

Saturday, September 11, 2010

as I hoped,I’m flying to Kyoto&Osaka next week.
last visiting was about one decade before…in recent years just couldn’t have opportunity to be there.been always visiting European countries,so I wouldn’t have time for inland.
the plenty ANA’s millage which I’ve been saving eagerly brings me there without any charges**yey yey****

well…regarding me,doing really well in Tokyo.sometimes this unexpected high temperature(super disgusting!!) forces me keep chaining myself on the bed,but other times so far so good.
needless to say,I feel I’m missing Europe…
heeeyyyyy there!!doing fine??
I’m waiting for you.we shall meet up in my hometown.

ah,there’s just one small notification,I might fly to Copenhagen in next May.could be short staying,but I’d love to visit another place around there as well.at this moment I can say nothing.since it’s too uncertainly.
(but I’d tell you in a whispering voice,hopefully it’ll be Paris.)

in those years I became the one who loves travel very much.who knows that I got to be such kind a person?me in a passed time thought that the travel is just a waste of labor.
nevertheless I was loving being at home or at my area,now I hate being same place for permanently.:D
an acquaintance has told me,the artists will be untalented if they wouldn’t move around.
I’m completely agree with!being in a limited place makes us unsensitive .

just one worrying which I have is that the killer summer weather would hit me out during my staying in Kansai area…would that be alright for me???I’m not yet familiar being in Japanese climate….
anyway,this is the time to escape from my usual.

c’est pourquoi.

Wednesday, September 1, 2010

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(Photo:AOKI takamasa)

東京に戻ってきて一ヶ月ほどたったのですが、会った友人たちに毎度帰国の理由を聞かれるので、ここにもはっきりと記しておく必要があると感じました。

至ってシンプル。

まずはいただいていた吉野石膏美術財団の在外研修期間が2010年7月いっぱいだった事。
そしてその時期と重なるようにビザが切れる事。

お金もビザの事も、これからも継続してパリにいようと思えばどうにかできる事でしたが、そうはしませんでした。

なぜならこの五年弱でたまりにたまったアイデアがあり、それが様々制限のある住環境・制作環境のパリでは形にできないと感じたから。
地元東京であれば、煩わしい事が減り、制作に邁進しやすいと判断したからで、すごくポジティブな帰国なのです。

「まだまだパリにいるのかと思った」とか「どうしてこのタイミングで帰ってきたの?」と矢継ぎばやに言われるのですが、「だってもう十分私いたでしょ?」がホンネ。
それに私は日本人で東京に家族がいて友人も沢山いて、そこに帰ってくるのってそんなにみんな疑問ですか。

最初にベルリンに大学探しにいったのは23歳のとき。
そしてその私が年末で30になります。住んだのは5年弱でも長い間欧州滞在に挑戦してきた。
これからはコップの中の嵐、もとい自分の中に起きた革命をもっとヴィシブルにしていく時間。
溢れ出た水の影響はどのくらいのものになるか。
自分が一番楽しみに思っています。
写真はパリに移る直前のベルリンの仕事場での一枚。(青木さん使わせてもらったよ〜)仕事中だったから、作業着にのーめいく。。。そしてまだ髪が長い。

島国日本において海外に出たり入ったりすることは何かしらドラマがつきもののように感じる人もいるかもしれませんが、現実は意外と淡々としている。
それもそうよ、全部絵のためだもん。
もちろんそれがひいては自分のためでもあるけれど。
やるべきことが背中を押しているだけで、そこにドラマチックな感傷はない。

赤い靴の虜だった私もようやくそれから解放されたようで。呪いをかけていたのも自分自身だったようです。
もうしばらく街から街へ踊って渡らなくてもいいみたい。

ビエンナーレで一緒になった田中泯さんと飲んでいた時に言われたことがある。
「この先いつか私の魂がもう疲れたって言ったらその時は走るのをやめたい。」と告げた私に彼は、
「あなたの魂は本当にそう言うかな?」と仰った。
実にさらりと仰った。
そのとき私は泯さんみたいな人に魂なんて言葉を簡単に使ってしまった事を恥ずかしく思ったし、彼にとって私の浅はかなマインドなんか透けて見えるんだと感じた。
あんな人は他に逢った事がない。
走るのをやめたいって言い出すのは心(Geist)の方で、私の魂(Seele)は決してそんなこと言わない。それっぽい事を言ってエクスキューズしようとしていた自分は本当に未熟者だ。

帰国して一ヶ月が経過した今はすでにちょっとパリが少し恋しい。
私好きだったみたい。街もともだちも。
パリの良さは一言では言えない。
「なんかいいんだよね。」
これが一番的確なパリへの賛辞。
ベルリンはほんのちょっとも後ろ髪引かれないのにね。

先日レポートも無事提出を終えて、制作を再開しました。
良いのが描けそうなの。
涼しくなったら京都に行きたい。

driving

Monday, August 23, 2010

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日曜日にドライブで長野県に行ってきました。
目的地は戸隠神社。
宮崎県からタジカラヲが放り投げた天岩戸が長野まで飛んできて(!)できたお山が戸隠山で、そこにある由緒ある神社が戸隠神社。日本に帰ったらぜひ行きたかった場所だったのです。
BGMにして走ったdriving(dance ver.)といえばeverything but the girlの超名曲で、あのうきうきとした高揚感はまさにドライブにぴったり!他にも彼らは良い曲満載だけど、中でもベストに近い大好きな曲です。青空がよく似合う。詩だけ聞いたらちょっとせつないけど…
everything…は本当に好きなバンドで彼らのアコースティックのアルバムとか涙なしでは聞けない。Ben Wattは今やイギリスハウス界の重鎮で、彼らのハウスアレンジのトラックはすばらしいの一言。driving同様他の曲の歌詞もすごい好き。I didn’t know I was looking for loveとかリリックがきらっきらしてる。

さて肝心の戸隠神社は都心からかなり遠かったけど、横川のPAで釜飯食べたりして道中もとてもいい感じ。
ついたら早速中社を参拝して、さらに奥社を目指して再度5分ほど車に乗った。
そこからは2kmちかくの山道を徒歩で登る。
鎮守の森はマイナスイオンたっぷりの冷気を発していて、と〜っても気持ちいい。
途中の杉の古道もすばらしかった。樹の優しい香りが気分をリフレッシュさせてくれた。
けど、けど…
残り半分をすぎた頃からだんだん山道が急になり、最後奥社に近づくと段差が大きく急な階段が永遠と続くではないの。
こんなにハードな参道とは思ってなかったから、私グラディエーターぺったんこバージョンfrom 109(まただ。笑)というあまり獣道に向いていない靴で馳せ参じてしまいましたから。。。
おまけにハイヒールはいてたらむしろ絶対にないのに、ぺったんこ靴のせいで(?!)途中で足をひねってしまったのです!途中の清流でしばらく足を冷やしてどうにか奥社にたどり着く事ができました。
やっぱり霊験あらたかな場所に行くにはそれなりのハードな道程が控えているのですね…車の道でも日光いろは坂も真っ青な急カーブの坂道があったりと、スリリングな道のりでしたもの。
山道を登る女の子の中にはデート中らしくハイヒールの子も何人か見かけて、本当に辛そうに歩いていました。横にいる彼氏は荷物は持ってあげているみたいだけど、ふらふらの女の子の体を支えてあげる様子もなく、なんか冷たくない?と思ってしまった。デニムホットパンツにナマ足ハイヒールでデートに臨んだ彼女の気合をもっと評価して!などと他人の心配を自分も足を引きずりながらしたものです。

手負いでたどり着いた奥社はひっそりと小さなたたずまいでしたが、どこか威厳のある素敵な拝殿。
参拝後、どうしても引いてみたくなり数年ぶりにおみくじをしてみました。
ここのは300円と少しお高めで、しかも購入時に年齢を告げておみくじを引いてもらいます。
もらったおみくじは見事大吉☆
なんか良い予感がしてたのが的中です。
さすが大吉良い事ばっかりかいてある!!!!
たぶん当たってますよ、これ。うふふ
やっぱりさい先良い良い*

帰りはかなり足痛んだけど、それでも心象よく下山し、戸隠そばをたべて帰りました。
日本の風景もいいもんだなぁ。
欧州の教会もすごいけど、日本人だしやっぱり神社に参拝した方が背筋が伸びます。それになによりありがたい。
もう少し涼しくなったらドライブがもっと良くなるだろうなぁ。

ちなみに帰国後は毎日在研のレポート作りに苦心しています。これが終わらないと制作には移れないので。
今回提出するものはこの一年間の研修内容に対してだけど、実際は5年分の成果報告的性質も持ち合わせてしまう。
大変なのなんのって。
自分の過ごしてきた時間を振り返るにはもう少し時間が欲しいけど、がんばって作成してお世話になった財団に届けなくちゃ。
毎日パソコンでずっと文章書いているから、息抜きがてら思わずダイアリーのエントリーが増えてしまっています。それが今月3回もアップした理由:)

ねえねえねえねえ これが終わったら今度は温泉に連れて行って!

monologue about the languages #1

Friday, August 13, 2010

帰国して間もないですが今日は言語についての独り言、あくまで自分の実体験に基づいた解釈について記しておこうと思います。
フランス人じゃないけど、私にとっても言語は非常に大切な要素。
もちろんこんな切りのないなテーマに不肖者の私が向き合うのですから散漫に終わるのは目に見えているのですが…どうぞおつきあいください。
一度に載せるには長文になりそうだったので、何回かに分けて書いていきます。
初日の今日は私と外国語の関わりについて。

 私の親戚には日本語が全く話せない欧州系の人間がいて、幼少時から外国人が割合身近でした。高校生の時にはその家にホームステイをして一夏を過ごしたり、いとこにくっついて現地の高校の授業を一緒に受けてみたり。欧州のマイナー言語を話す国の人たちなので、彼らとコミュニケーションをとろうと思うと必然的に英語をしゃべらざるを得なく、別にうまくはなかったけど第二言語を話す事自体への抵抗は平均的日本人よりは少なかったはずです。
 海外留学を考え始めた頃幸か不幸か全く英語圏に興味がなく、前回書いたようにドイツに一直線に向かってしまったため、当初の私にとって宇宙語に匹敵するようにも思えたドイツ語を勉強するはめになりました。ドイツ語を話せるようになるという事は宇宙人になるに等しい事だと真剣に思うほど、獲得が困難そうな言語でした。
でも本当に地道に時間とお金を(語学学校はすごく高額)惜しまずこつこつ勉強していったら、いつの間にかしゃべれるようになるんですよね。宇宙人になった訳でもないのに(笑
大学院生の頃に展覧会して売れた作品のお金の多くを語学勉強代に当てていました。

ドイツに住み始めた頃には独検準一級以上の試験にも合格していたので、耳が慣れてきた2ヶ月目位からわりと苦労せずに過ごせた記憶があります。ボキャブラリーがない頃は毎日電子辞書を持ち歩かないと不安だったけど、例えば薬局でわからない商品名などがあっても裏の説明を読めば内容が推測できるようになったのがだいたい半年目くらいだったかな。
このように言語にはある瞬間ふっとわかるようになった自分に気づく瞬間が誰にでもある。

 ただドイツ語がちょっとできるようになってくると、もともとあったなけなしの英語が頭の片隅に追いやられてしまい、ただでさえゲルマン語族同士似通っているので、英語を喋らなきゃいけない時にもどうしてもドイツ語が出てきてしまう症状に悩まされます。多くの第三外国語を習得中の人間にみられる兆候です。
 しかし逆によく似た言語同士なので、特に勉強しなくてもいつの間にか英語も以前より話せるようになっているという嬉しいオプション付き。

 パリに住む事が決まった時には、特に言語に対する不安はありませんでした。
第三言語まで勉強していると、もうあといくつ増えようが体得するまでの個人的ノウハウが出来上がっているのでモノにする事が不可能ではないという自負が芽生えたからです。
実はそんなに努力しなかったけど、意外とできるようになってしまったフランス語。文法とか単語とかあまりにゲルマン語とかけ離れていたので、最初はまーーーったく理解不能でしたが。読まないなら書かなきゃ良いのに…って思うくらいスペルが無駄に長い。
 しかしパリに住んでいた間ドイツ人の友人があまりいなかったため、せっかく勉強したドイツ語はだいぶ腕が落ちたと思う。とってもくやしい。。。
 聞いた話によると国連に勤めるには母国語以外に最低三か国語を話せなくてはいけないらしいけど、私の英語ドイツ語フランス語では到底そのレベルに達していないだろうなぁ だって国連レベルって多分ネイティブばりに話せる事を言ってるんでしょうから。。
まあ良いんです。国連に勤める可能性なんてゼロに近いし、あくまでアーティストが活動上必要な分だけ喋れれば。

 言語って集団心理が大きく関わっていると感じます。
周りがドイツ語でものを考えていないと、私もドイツ語で思考する事が困難になるし、周りがフランス語で考えていれば、自然と私もフランス語を理解できるのです。フランスの空気がフランス語を含んでいるんです。空気が人の意思を伝達してくれます。
 エヴァンゲリオン(大好きーーー!!)では一番最初に操縦者がエヴァに自分の言語を設定し、もしその他の言語で思考したり発音してしまうと正確にオペレーティングシステムが作動しないという設定があるのですが、私にとってこれすごくリアリティーがあるんですよね。
上記を例にとるなら、私がパイロットで周囲がエヴァ。また反対でも良し。
双方の言語が共通していないと、正常に機能しない。フランスで喋るドイツ語は喋ろうとすると脳内に大量のノイズが入ったように、引き出してくるのが難しい。
母国語である日本語ですら、外国においてはすらすら喋れない時がある。空気中にまるで日本語が含まれていないからだ。
ちなみにアスカの喋るドイツ語はイントネーションが全部にわたりおかしくて、何を言っているのかさっぱりわかりません。。

 そうそう、ベルリンの語学学校の先生が教えてくれた面白い言語の定義を今回の締めに記しておきます。
それぞれの言語がどのような立場にあるかをユーモラスかつアイロニカルに表したものです。
それは以下のようなもの。

 英語はすべての人のためのもの。
 フランス語は愛をささやくためのもの。
 イタリア語は歌を歌うためのもの。
 ドイツ語は…命令のためのもの。犬や軍隊に指令を出すためのことば。

なんて気の利いた定義付け。こんな事言えるドイツ人ってやっぱり頭良いなぁ そしてちょっぴり卑屈。

 気の遠くなるようなガチガチの文法に守られているドイツ語は、確かにロジカルなドイツ人にぴったりというか、言語自体がロジカルにできているんです。言語が文化を創るし、人を作る。

本当に言語って面白い。

I’m back(with high-heel).

Sunday, August 8, 2010

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少し前に東京に帰ってきました。
このたびは本帰国です。
足掛け五年欧州にいました。25歳の時から30になる少し前までということなので、まさに20代後半は海外生活に捧げました。

海外に出た動機として、世界言語で表現することがアーティストの大前提である以上日本しか知らないとあっては何も発言する権利がないと常々感じていたからであり、大学院卒業と同時に渡独を決行。
中学生時分から「行くならドイツ」って思っていたので、自分の中では至極当然の流れでした。
慣れるまでも慣れてからも大変な事だらけだったけど、4年目にパリに移り住んでからは友人にもとても恵まれて幸せな滞在でした。帰ってくるのが惜しく感じたくらい。
人の骨の細胞は二年で入れ替わると言いますが、長い事欧州にいた私の心身ともに日本に住んでいた頃とは大きく変化したと自覚しています。今の私の身体組織のすべては欧州で作られたものです。

離れる事で見えてきた日本の事。住む事でわかった欧州の事。
旅行やワーホリで滞在するのと、実際にビザを申請し、その街でお金を稼ぎ、税金を支払って生活するのは大きな違いがあります。ましてどこかに雇われている訳ではないので、インディペンデントアーティストとしてすべて自分でやらなくてはいけない状況は、生易しいものではありません。
外国人である事がどういった事か。
外国語で思考することはどういった違いがあるか。
カルチュラルギャップはどこまで受け入れられるのか。
他にもさまざま…

振り返るにはまだ生々しすぎるので時期を見てまたこのダイアリーにつけようと思います。

そうそう、帰りの飛行機はコリアンエアーで帰ってきたのですが、なーーーーーんと、生まれて初めてファーストクラスに搭乗!!!
もちろん自前でそんなチケットを買える訳もなく普通にエコノミーをブッキングしていたのですが、乗る直前にチケットを係員が機械に通した所、別のチケットが発券されて「お客様の席がファーストクラスに変更されました。」と耳打ちしてくるではありませんか。(他のエコノミー乗客に聞かせないための配慮?)
半信半疑で書かれた座席を探すと、飛行機二階部分に私の席はありました。この不景気でファーストはガラ空きだったため隣の席には誰も来ず、つまり2席分を一人で使用!ゴージャス!!!
出発前に機長が挨拶にくるわ、食事やワインはやたら豪勢だわ…。飛行機の上で陶器の食器で食事したのも初めてだし、引き出し式の机に真っ白なテーブルクロスがかけられたのも初体験。。心なしかいつもよりブランケットもフワフワな気が。毎回飛行機に乗ると3本は映画を見るのに、今回は食事しかした記憶がありません。

私コリアンエアー大好きなんですよね。だって飛行機の中でビビンバ食べれるし(アジアの食べ物に飢えている海外滞在者にはすごくうれしい☆)、CAのお姉様がたは綺麗でやさしいし…。それにインチョン空港でのショッピングが何よりもお目当て。コリアンコスメを買いまくり、欲しかったクロエのサングラスもウォン安でかなりお得にゲットできたし。たのしー***
さんざんショッピングを楽しんだ後、実はすったもんだがあり、ボーディングタイムぎりぎりになってしまったのですが、怪我の功名でインチョンから成田に向かう飛行機もビジネスクラスに乗せてもらいました。
ビジネスは昔家族で旅行していたときに乗った事がありますが、こちらも超ひさしぶり。
しかし人間の欲というものは上を知れば果てしなく、私もとうとうファーストの後のビジネスはショボく感じるという魔道に堕ちてしまった2010年夏。。。贅沢って(素)敵。
なかなかの珍道中でしたが人生で何回あるかわからないファーストクラスを体験できたので、ハイテンション&ハッピー気分で帰国する事ができました。
家についてからも元気で全く疲れていなかったのは広いシートで熟睡したからでしょうね。うーん毎回あれだったら良いのに。。。。
いつもファーストとは言いませんが、ビジネスに乗れるくらいの資本があったら最高。

最後にここで私のポリシーをひとつ。
「飛行機に乗る時はぜったいにハイヒール!」
いつもでしょ、とか言わないで。私だって近所のスーパーに行く時はビルケンはいたりします。
とにかく何が何でも飛行機に乗る時は絶対にヒールのある靴で乗り込むのです。
母には「何かあったときに逃げられないからダメ!」と毎度しかられるのですが、何かあったらヒールとともに紺碧の海に沈む覚悟ですので、むしろ本望です。笑
今回は12cmヒールのキャメル色のグラディエーターfrom 109でした。とっても素敵なの☆
スリッパを持ち込むという反則技もしません。とにかくずっとハイヒールです。
しかし今回はイレギュラーにアッパークラスに乗ってきてしまったので、機内用スリッパが用意されていました。笑
ハイヒールでフライト、女の子にはおススメです。もちろん服もそれ相応で***
女前あがります。

こんな夢を見た。

Thursday, July 29, 2010

gau
タイトルは漱石の夢十夜における有名な書き出しですが…
昨日明け方あまりに印象的な夢を見たのでノートしておきたくなりました。

 夢の中で私はいろいろな街を観光しているみたいだ。ガウディー建築のような複雑な建物などを歩いた。
それまで曇天のヨーロッパにいたと思ったら、次のシーンではよく晴れた日本にいた。
私は一人ではなく誰か友人と一緒にいたがそれが誰かはわからない。
少し歩くと急に視界がクリアになって、とたんに美しい神社が目の前に現れた。
ここに来るまでの過程で鳥居は見なかったが、それが神社であると直感的に察した。
おもわず私の口から「わぁ」という声がもれた。
神社の拝殿には川が流れ込んでおり、宮司さんたちが参拝客を乗せて船をこいでいる。
晴天の青と神社の色彩で見た事もない位美しく感動的な光景だった。
私たちは川の横にある道から拝殿に入って行った。
中はほの暗く沢山の参拝客で込み合っていた。私はそこでお説教を聞き、その場を後にした…

 この日は頭痛で目が覚めるような体調だったのだけど、この夢があまりに鮮明で起きてからも何度も夢の映像を反芻しては、幸福な気持ちになった。あんなきれいな神社の夢を見るなんて、これからの自分の展望に希望の光が降り注いだような気がしてなりませんでした。
晴れた日の神社は空の青と、鳥居の赤で日本美の極致だと思います。

 夢十夜は実際に漱石が見たという夢を10話の短編としてまとめた本です。しかし彼の見た夢は高尚な聖職者の見る夢であったり、医者の見る夢であったりと、彼がただの小説家ではない事を伺わせます。

 一説によると夢日記はずっとつけていると気が違ってしまうそう。
毎日毎日つけていると、そのうちどういうコンディションだとどういう夢を見るのかわかってしまい、現実よりも夢を見る事を好むようになり、ついには気がふれてしまうんだそうです。有名なアーティストにも一人夢日記をつけていておかしくなった人がいますよね。

 夢に出てくる物や人はすべて存在します。自分が過去に見た物や会った人しか夢に見る事ができません。それは自分がまったく意識していない場面(例えば電車の中ですれ違った他人や、一度通っただけの道など)を脳は記憶しており、それが夢の中で再構築されて脳内スクリーンに投影されます。
 フロイト先生に言わせたら夢は何でも性のメタファーになってしまうので首をひねる事も多々ありますが、激動の19世紀に無意識そのものを発見したその功績は皆さんご存知の通り美術にも大きな影響を与えました。特にフランスのシュールレアリズム運動は色濃く影響を受けたわけですが、そのフロイトの孫、ルシアン・フロイトの回顧展が今ポンピドーでやってます。
画家フロイトの回顧展は以前デンマークのルイジアナ美術館でたっぷり見たので、今回も一応ポンピには行ったけど、新しい発見はなにもなかった。

 それより今jeu du paumeでやってるWilliam Kentridgeの展示「5 themes」がすばらしい!
南ア出身でN.Yで高い評価を受けているケントリッジですが、やはりどこかヨーロッパにはないスタイリッシュさが新鮮。
木炭で書いた絵を動かすアニメーションが彼の持ち味ですが、手作業のみが表現可能なあの作品の強度。すばらしいの一言。
ていうかよくよく考えてみたらパリでまともな現代美術の展示見たの初めてかも…

lots of things to be done,but….

Friday, July 2, 2010

bon1
2週間前まで寒かったと思えば一気に夏がやってきて、扇風機もエアコンもない街パリはどこも暑く蒸しています。
街を歩けば沢山のツーリストだし、いよいよバカンスシーズン到来!
6月末からはソルドも始まって、それはもうにぎやかです。
 今回は先のプライベートセールで相当鞄や靴を買ったので、ソルドは控えめに行こうと思っていたのですが、今期のsandroが可愛くてついついワンピースばかりを6枚(!)も買ってしまった。。
そもそも年中半袖ワンピを愛用しているのですが、本当にこうも暑いとデニムとかとコーディネートするようなカットソーを買うつもりには全然なれない!
 日本で人気のマキシワンピはパリではあまり見かけません。パリジェンヌは今期はホットパンツにサンダルが多いですね。大胆な足見せがポイント?!ついついレギンスを合わせがちな日本人ですが、潔く足出している方が涼し気で可愛い気がします。
 私もデニムのホットパンツでモンマルトルをお散歩していたら、入ったお店の店員にマダム、ではなくマドモワゼルと呼ばれてしまいました。たいていの場合、マドモワゼルはお嬢ちゃん、って感じの響きです…hmmmmm
 なんせこっちの人は太ってようが、セルライトばりばりだろうが、かまわず露出しますから。ミニの中年女性も結構見かけます。ハイヒールのおばあちゃんもいます。死ぬまで女、ですから。

 季節が良くなってくるとパーティーやらなにやらのお誘いも増えて、みんなの高揚感が伝わってきます。
長い長い冬が終わったんですもの。外に出て太陽を浴びたくなるってもんです。
いろいろ忙しいですが、その合間をぬって夏を楽しみます。

 写真はボンマルシェのディスプレー。以前私が描いたカーテン、って絵にちょっと似ている。左岸のシックな建物まで写り込んじゃって、とってもパリっぽい。
今回は靴のフェアみたいなのやってて、それのポスターもとんでもなく可愛かった。

Giuseppe Zanotti and World Cup

Monday, June 14, 2010

sai
最近靴を5つ買いました。
そのうち3つは最愛ジュゼッペ様のお靴!
ビジュー付きサンダル、レオパード模様、そしてちょいグラディエーター!どれもこれもお美しい。。
惜しむらくはパリではほとんど活躍の場がない事。
石畳にヒール部分を傷つけられ、足下をすくわれ、アパルトマンの半径10mで今まで何度アフリカンのブラザーに話しかけられたことやら…フェミニンな服装の日ほどその率は高く、本当にこの国では”女は女である”と実感させられる。

そしてこのところ我が家のある9区と10区と18区の境目は数日置きにそのブラザーたちがDNAに刻み込まれた天性のアフリカンビートを太鼓とその歌声で披露しており、大変にぎやか…
そう、ワールドカップ。
アフリカ系の国の試合があるたびに、その国の輩が駅周辺に旗を持って集まり、応援する声が町中に響きます。その声で試合の結果がわかりそうなくらい!
今日もさっきから駅周辺でわーわー聞こえているのでどこかの試合があるんだろうな。

前回のドイツ大会は、まさに決勝の地、ベルリンにおりました。
本格的に住み始めた年でまだドイツのこともほとんどわからない時だったのですが、ドイツ人の友達などと連れ立ってカフェで観戦したり、スペイン人の友人と日本戦を観戦してなんか恥ずかしい気分になったりと、けっこう良い思い出です。決勝はイタリア人の知人のレストランで見ていたため、ジダンが頭突きをくわらした瞬間などのブーイングはすごかった。もちろん優勝の瞬間の盛り上がりもひとしお…。

大会中に川岸でのんびり友人とくつろいでいたら、そこには一人で酔っぱらい叫んでいる中年男性が。
べろべろになっているらしく、言っている事が聞き取れなくてドイツ人の友達に通訳をしてもらったら「ドイツが勝っているのは、ドイツチームのほとんどがポーランド人だからだ!クローゼは完全にポーランド系だし、xxx(名前忘れた)だって母親がポーランド人だし…………」と次々にドイツ代表の名前を列挙してはポーランドとの血縁関係を叫んでいたらしい。

夜バーに飲みに行けば外国人に話しかけられ「ボクノ コドモヲ ウミマセンカ?」としょうもない日本語を言われたり。そういう時はいじわるして、首をかしげ意味が分からないふりする。そうするとたいていちょっと恥ずかしそうに自分の日本語まちがってたかなー?!って顔していなくなってくれます!
いつも思うのですが、こういう日本語を外人に教える(また逆もしかり。)人がどうして後を絶たないのだろう???
大会中はベルリンの町中に世界中のサポーターが大挙して押し寄せてきており、街の中心地に大学があった私はその通学路を横切るのも一苦労で、早く終わってほしいと切望していたのでした。

今大会は家にテレビもないし、ひいきの選手もいないので、私の中での盛り上がりはイマイチ。
でも初戦はラジオ観戦で日本の勝利をリアルタイムで喜びました。
個人的にはいとこや叔母がデンマーク人なので、デンマーク戦は完全にお強いそちらに譲ります…という気分。
そういえばベルリンのときの語学学校にすっごく性格のいいカメルーン人の男の子がいたなぁ。明るくていつもクラスの中心になってた。
いつか私が日本のテレビで「カメルーンとは現地の言葉で『エビのながれる川』という意味」といった内容を見た事があり、それを彼に話したところ、「外国人でその事を僕に話してきたのは君が初めてだよ!」と喜んでくれました。どこぞで聞きかじった浅学も異文化交流やパーティートークでは役に立つものです。
オランダはスキポール空港を何度となく利用はしたものの観光はしたことない…個人的に知っているオランダ人は気のいい人が多い、かな?あと、英語がうまい。ドイツ人もうまいけど。オランダ語は現存する言語で今一番英語に近い言葉と言われています。

などなど対戦国や参加国に思いを馳せていたら、日本にいた頃には考えられないくらい色々な国の知り合いができている事に少し驚いた。
袖触れ合うのも他生の縁、
とても好きな言葉。
「多少の縁」だと勘違いしている人多いけど、けっこうそれだと意味が違ってしまう。
出会いに偶然はないとしみじみ思わされます。

今度のジュゼッペの靴は私をどこに連れて行ってくれるかな♪
ちなみに私、10センチ以上のヒールでも平気でスポーティーで超タイヤの細いシティーバイク(写真)乗り回します。ベルリンでは少年のような青いマウンテンバイクにやはりハイヒールで乗ってました。
それで車道とか走っちゃうのです。
こう見えて自転車好きなんです。
写真は東京に住んでいるオーストラリア人の友達がもうじき高円寺に自転車やさん兼カフェ(で合ってる?!)を開くというので、そのイメージで頼まれて撮ったもの。
お店の完成が楽しみね。
早く遊びに行きたいな

rest in peace,dear Louise

Wednesday, June 2, 2010

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ルイーズ・ブルジョワが亡くなった。
98歳。
フランス生まれの彼女はすばらしい彫刻家だった。数年前のベネチアで最高齢で賞をもらった事も本当にすごい事だった。
彼女の作品の主核は「痛み」だったそうだが、確かに彼女の作品を見るたびにひりひりと私の心も痛みを共有したものだ。彼女について書かれた多くの本より彼女の人生は辛苦の多いものであったと容易に知る事ができる。
彼女のいろいろなメディアを使った彫刻作品もすばらしかったが、平面作家の私はやはりドローイングに惹かれるものがあった。手数も少なく、色彩も最小限のドローイングたちは、彼女が、ひいては女性が内包する不安感や獣性を強烈に訴えた。ポンピドーセンターにもコレクションがいくつもあり、現在もelles@pompidouにて見る事ができる。
生半可なフェミニズム論などがふっとぶような、彼女にしか表現できない女性性を常にエスタブリッシュされたスタイルで提示していた。
私は彼女の作品の前に立つと、閉じ込めていた自分の孤独感や秘密が急に露呈したような気分になり、じっと動けなくなりながらも目をそらしたくなる。
画集も欲しかったけど手元においていつでも見れる状態にする事が、自分の古傷をえぐる作業に思えて結局一冊も持っていない。

日本では六本木ヒルズのシンボルとしてのmotherという蜘蛛の巨大彫刻が一番知られているだろう。このメス蜘蛛はおなかの中にマーブルでできた卵をいくつか孕んでいる。
彼女は結婚して子供を産んでからも、作家として成熟できた希有な存在だ。
多くの女性アーティストが伴侶を得て、子供を持つと作家としての鋭さを失って行く中で、彼女はむしろさらに女性という性を深く掘り下げる事に成功し、すばらしい作品を作り続けた。
本当に尊敬します。
自分もそうでありたいと心から願います。
辛い半生だっただろうが、女性が生涯現役の一流作家でいられる事を体現してくれたブルジョワに感謝の気持ちを込めつつご冥福をお祈りいたします。

フランスには彼女のようにたまにとんでもない女性性をもった人物がいる。タイプは違うが、マルグリット・デュラスにしてもそうだ。平素女らしいと評される私でも(自分では全くニュートラルに振る舞っているつもりですが)、デュラスの小説を初めて読んだときはその女っぷりに「か…勝てない。。。」と心底敬服したものです。
そういえば昔エマニュエル・べアールが主演した映画で「フランスの女」というのがあったけど、この際観てみようかしら。

さてここからは余談だけど、ヒルズの蜘蛛、実はけっこう厄介な存在だったりする。
というのも、話によると、蜘蛛というのは風水上不吉な生き物で、それがやはり風水上最悪な位置にヒルズでは置かれてしまっているらしい。
だからこの彫刻の目の前で、子供が回転扉に挟まれる事件が起きたり、ヒルズに会社を構える大企業が次々と撤退を余儀なくされるような事がおこっているのだそうだ。数年前のホリエモンの逮捕劇しかり…
アートがただのオブジェクトではなく、環境にも大きく影響する力を持ち、支配する存在であることを知らされる。(しかしこの場合は決してブルジョワが邪悪なものを作った、という意味ではない。アートとはそれだけインフルエンシャルな存在であるという事だ。)
いつかギャラリストの三潴氏が「毒にも薬にもならないものを作っても意味がない」といった内容の事を話されていたのを今でもよく覚えている。
本当にその通りだと思う。

Amazon,John Currin そして谷崎潤一郎

Monday, May 31, 2010

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久しぶりに画集をamazonにて買いました。
というのも、パリに移り住んでからというもの一度たりともまともに荷物が届いた事がなく、amazon.frで注文するのがためらわれていたからです。
ドイツに住んでいた時ですら荷物がまともに届かなくて困っていましたが、さすがフランスその比じゃありませんね。
ドイツでは確実にその時間は家にいたのに、インターフォンをならされた形跡もなくいつも不在表がポストに入っており、近所の郵便局まで引き取りに行っていました。受取人の名前が外人だと配達する側も差別的にこういった事を平気でします。
しかし、パリはもーーーっとひどくて、今まで過去数回荷物を送ってもらったのですが、ベルリンからの引っ越し時の16箱すべて赤の他人が受け取り、サインまでして黙って持っていたり(何のための宛名だか。。偶然持ち主を探し当てて、引き取りました)、母がわざわざ送ってくれた去年のビエンナーレのカタログは結局うちに届けられる事なく、どこにいったのやら…
アパルトマンの集合ポストに基本放置される荷物はなくなりやすく、周りも被害が続出しています。
荷物が絶対に届く日本って、奇跡としか言いようがない。

こんな状態なのでとてもじゃないけどアマゾンを利用できず、フランスは画集が高いので我慢していました。
そんな中比較的アマゾン注文に成功している友人に頼み代理でJohn Currinの豪華本を、最近新たに考えている作品シリーズのリサーチとして購入してもらいました。
彼は2000年前後に日本でも名前を聞くようになり、当時の美手帳では会田誠氏と比較などもされていた作家。
一見どこまで本気かわからない人を食った表現も多いカリンですが、経歴を見ればアメリカの超エリートで全部が計算である事も見て取れます。
最近のアメリカの売れっ子作家はみんな軒並みハイパーエリートが多い。彼らにとってアートはインテリジェンスゲーム的な側面もあるのでしょう。ゴッホ系の魂のアーティスト的なアティテュードは時代性に合わないんでしょうね。
あくまで欧州内での話ですが、やはりラテン系の作家は未だにパッションが作品を作るエンジンになっていて、北に行くに従って作品と作家の距離がある。
イタリアやスペインにはVicky Christina Barcelona(去年のウッディー・アレン作品)のアントニオみたいな絵描きが未だに本気で存在している。

とにもかくにもがアマゾンでの注文は渋っていましたが、たまに掘り出し物の画集を見つけては別のところで購入していました。
パリの市内に何店舗かMona Lisaitという本屋があり、そこでは「これ、どこの?!」と言いたくなるようなマイナーな出版社の画集なども格安で売られています。偶然マレを散歩中に見つけて以来なにかとお世話になっていて、画集以外にも面白い洋書が豊富でおすすめです。
それでもやっぱり印刷物の父・グーテンベルグを生んだ国、ドイツの方が本屋は充実していたなぁ。ハンブルガーバンホフ美術館の本屋とか懐かしい。

本といえば、現在寝しなに谷崎潤一郎の春琴抄を読んでいるのですが、面白くて面白くて…!
谷崎は欧州でも人気で、ベルリンのメトロで痴人の愛(独題「NAOMI」)を読んでいる女の子を見た事があります。
こんなにしっとりとした官能の世界を最上の日本語で書き上げる谷崎氏に深く畏敬の念を感じます。未だかつてタイプされた文字に登場人物をここまでリアルに想像させられた事はあったかしら…
すごすぎて読む前にちょっと勇気がいるほど。
ちょうど読み始めた5月23日は作中で春琴の誕生した日でもありました。
美しき盲目の三味線師匠・春琴とその弟子・佐助の絶対的な従属関係の中での愛がどうなっていくのかドキドキしながら読んでいます。自分より若年の幼女・春琴に稽古という名の暴力折檻を受けて夜毎ひぃひぃ泣きながらも献身的に彼女を支える佐助。
痴人の愛のナオミもそういえばおじさん殺しだったな。
春琴は別の弟子の利太郎に傷つけられ、その姿を永遠にとどめるために佐助も自ら盲目になるのですが…
すこしあらすじ書くだけでこの濃度!
谷崎の美意識炸裂です。

the beautiful shoes bring me to…

Friday, April 16, 2010

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昨日木曜の夜、友人から突然のメールであのウィトキンのヴェルニサージュがマレのGalerie Baudoin Lebonであるとう事で急遽おでかけすることに。
三月には彼の作品一枚を生で見たいがために12ユーロも払ってマイヨール美術館にまで行った私。(詳しくはこちら
ヴェルニサージュということはきっと新作もたくさん見れるでしょうし、なにより大スターのご尊顔を生で拝む千載一遇のチャンス!!!きゃ〜〜〜〜〜*
そういうわけで制作を早めに切り上げてお出かけ。
当然の事ながら作品だけでなく作家本人を見ることは、彼の作家性をより深く理解する一助になる。日本であまり見る機会のない作家なのでなんとしてもここは行くしかありません。

最近めっきり外は温かくなって、夜も八時過ぎでもまだまだパリは明るい。
なんか嬉しくて、ツイードのジャケットにスキニーデニム、重たい重たいクロエのパディントンバッグ、足下には最愛のジュゼッペの靴をコーディネート。パリの悪路で痛むのがイヤでずっとしまってあったのだけど、なんか急に履きたくなったの。

会場に入ると、比較的ひろいギャラリー内は10点以上の新作シリーズ「BOGOTA」が並んでいました。相変わらずのウィトキン節も健在なものから、今までになかったテキストが写真の下に加わった新たなフォーマットのものまでありました。正方形を好んで使っていたイメージがあったのですが、不定形の台形型のような作品も数点あり、新たな展開。

しばらく鑑賞していると、意外と小柄で金髪の身綺麗なご本尊がついに登場。
上下黒の洋服に、腕や指にはけっこうごついアクセサリー。
しましまのプリティなめがねが良くお似合いです。まだまだ若々しい。
だいーぶ躊躇したのですが、彼と目があったのでもうこれは行くっきゃない!と思い切り、緊張でうわずりながらも話しかけてみました。
彼はすごく饒舌で、沢山の事をお喋りしてくれました。途中聞き間違いかと思う下ネタがあり、当初の会話からのワープっぷりに混乱しましたが、とにかく素敵な紳士。
そんな中「日本人女性は本当に綺麗だ。みてごらん、つま先までこんなにパーフェクトにして!それに比べてアメリカ人は本当に酷いから…」と彼はジュゼッペの靴に視線を一瞬落とし、その後はまっすぐ目を見てたくさんの賛辞を述べてくださり、あまりの光栄に震えんばかりの喜びに浸る私。ムッシューお優しくていらっしゃる…!!!もちろんサインもいただきました♪♪
時折ふわっと肩に触れてくれる手は暖かでとても男性的だし、なにより手作業で仕事をしている人の厚みが感じられました。私はアクティブでクリエイティブなにおいのする手の持ち主が大好きだ。
はっでもこの手が死んだ胎児の眼球をはさみでぐりぐりと…!
ま、いいか。

ところで彼の息子さんの奥様が日本人だそうで、彼女がとても美しいらしく日本女性にはかなりの好印象をお持ちの様子。
そう、それなのよ!
何が大事って、例え旅行者でも海外に一歩でたら誰しも小さな親善大使、日本代表なのです。
だからきちんとした言葉を喋り(外国語ができなくても最低限その国の挨拶は覚えるとかね。)、身なりを整えて堂々としていれば、ひいてはそれが極東の小さな島国の評価を草の根運動的に上げる効果があるのです。
外で頑張る美しい日本人女性を見ると私も本当に嬉しい。
本当の意味で知的で美しい女性になりたいと、日々努力です。まだまだですが…。
もちろんT.P.Oに合った格好をすることが大前提です。オシャレが本当の意味での命取りになる場所が海外には山ほどありますから、誤解なきように願います。
しかし義父がウィトキンだなんていけてるなぁ そんなのいいなぁ。ぽわわ
それでものすごく可愛がられてお嫁さんひいきなんてされてみたいなぁ。うふふ いいなぁ

なんにせよつくづく、素敵な靴は素敵なところに連れて行ってくれる。
だから靴が好き。痛くても転びそうでも空港のコントロールで毎回引っかかっても、それでも好き。
この日は他にもおいしいワインにタパスとクスクスでお腹いっぱいで帰路につくことができました。
最近ようやく早起きができるようになったのに、週末になるとまた一気に夜更かし生活に戻ってしまう。今週のウィークエンドはいつもより少し早く訪れました。
パリの街も暖かさに釣られて木曜の夜だというのにどこも人が沢山で、みんな冬眠から目が覚めたみたいです。
良い季節になって心から嬉しい。
みなさまも素敵な週末を!

vanitas

Saturday, March 13, 2010

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まだまだ寒いパリですが、先日Musee Maillolでやっているヴァニタス展見に行ってきました。

というのも最近ジョエル・ピーター・ウィトキンのドキュメントを見て、実物が展示されているのがどうしても見たくなったからです。
このドキュメントのDVDはたまたま友人がオークションサイトで落としたものらしいのですが、ウィトキンのギャラリーが関係者に配ったりしたものらしく、詳しいことは判りませんが画面を見ていると制作はドイツとフランスではおなじみのARTEがやっている模様。
画面は古く、内容は80年代後半〜90年代にかけての様子。
ウィトキンといえばフリークス写真でおなじみで、数回画集をめくったことのあった私は「こ…怖い。。」という月並みの感想しか当初持っていませんでした。
しかしその中にある異様に高い美意識が以前から気にかかっていて、今回DVDをみて改めて良い作家だなぁと実感。
中で彼は作品を作るプロセスを公開していて、例によってフリーキーなモデル探し、生き物の死体を加工する場面、撮影現場、それにネガに加工を加えるところや、各作品についての説明まで本人がこなしています。
ある朝届いた胎児の首(!)を手に取り、「ビューティフル…本当にビューティフルだ。これで良い作品ができる!」と嬉しそうにはさみでまぶたをぐりぐりいじって目を開かせようとしていたり、肉屋へ行きすぐに羽を全部むしりたいからと鶏肉を購入したり、自分のイメージに合った異形の人を見つける為に沢山集めてオーディションしたり…聞いた話よると彼は作品に使う死体などが手に入りやすいという理由から、メキシコに近い所に住んで制作を行っているそうな。
これだけ書いたらまるでウィトキンは狂人ですけど、インタビューに丁寧な英語で答え、真摯に作品を作る彼の姿のどこにも狂気は見えません。アーティストなら誰でもそうだけど、確かに作品は作家の一部だけど全部ではなくて、ただその一部がやはり凡庸な感覚から突出した個性だからそこをフォーカスしてふくらませていく為に変わり者が多いように見られてしまうのです。
もちろん相対的に見て、世の中の皆様がせっせと早起きをして会社に出かけ社会の歯車として立派にそのお役目を果たしている時に、アーティストといったら昼間にごそごそ起きてきて役に立つんだか立たないんだかの作品を作ったり、所詮マイノリティーというだけで世間の変わり種ではあると思いますが、みんながみんな変態ではないと言いたい。
私自身も女なのに女の足や靴を妄執的に絵画にしているので、色眼鏡で見られることが多く辟易しております。もう勘弁して欲しいものです。
ロリコン疑惑を常にかけられていたバルテュスもくだらないインタビュアーに「私の作品がエロティックに見えるのは見ている人間の目の中にエロスがあるからだ。」と反論しており、私も以前それを引用してインタビューに応戦したことがありました。ものの切り口なんて、見手次第ですから。エロスの概念を持ち合わせていなければ、ものがエロティックに見える事なんてないんですよ。それは他のイメージもしかり。
ちなみに前述の胎児の首はどれだけ主役級の働きをするのかと思ったら、画面の中のごく目立たない小物として起用されただけでした。細部にまでこだわるウィトキンらしい…

その彼の作品をお目当てに、高い入場料を払って初めてマイヨール美術館へ。”カラバッジョからダミアンハーストまで”なんて副題まで付いているこの展覧会、場所は例によってパリらしい作家の個人美術館で、おなじみBON MARCHEからほど近い左岸の高級な地域にあります。
平日なのにけっこう込んでいて、2階のピカソやブラックの飾ってある部屋などは初老のパリジャン・パリジェンヌでいっぱい。いつになってもパリの人は彼らが好きなんですね。。それが悪いとは言いませんが…
ヴァニタス展と銘を打っていますが、基本スカルモチーフの新旧作品を集めた展示というだけで所謂寓意画的な様々なモチーフを扱った作品などは全くなく、キュレーションの安易さは否めない感じ。東洋人の私に言われるまでもなく、スカルはヴァニタスの中で人生の時間のむなしさを表す一つのエレメントに過ぎず、他にも富のむなしさ、権力のむなしさetc…沢山ヴァニタスのモチーフは存在しますが、この展示では終始スカルスカルスカル…しかもほとんどが絵画で立体や映像はお情け程度。ていうかこれはヴァニタスってよりもメメントモリがテーマじゃないの?!という作品も多数。うーん…
肝心のカラバッジョ作品も今ひとつだし、ダミアンに至っては先日のオークションで話題をかっさらったダイアモンド・スカルのデコ(!)写真の展示…この写真マルキューのお店でデコってもらったの?とつっこみたくなるような女子高生テースト満載な作品。有名作品の副産物的エディション扱いなのでしょうけど、それにしたってお粗末。これを副題に盛り込んだマイヨールのキュレーターも勇気あるなぁ。ついでだけどこの展示のポスター(パリ中に張られている。)もちっとも良くない。けっこうお金かけて有名作品借りてきているのに(パリには珍しいリヒター小作品もありました。)、これじゃあアイキャッチ悪かろう…とつくづくパリの美術事情に嘆息を漏らさずにいられない私でした。
私の大好きなカラバッジョ作品はどんなものだったかももう思い出せないようなものです。やっぱりカラバッジョは彼の嗜好が最大限に現れれる羊飼いの少年やダビデを描いた時が一番良い。ウィーン美術史美術館にあるものと、ウフィッツィーの持ってるバッカスの絵と、ユディットの絵、それにローマのサン・ルイージ・デイ・フランチェージにある三部作がたまらなく素晴らしい。今回の展示はインストールが酷く工夫がなくて、カラバッジョの作品も輝いて見えなかった。部屋も狭くて天井も低いから作品との距離感が近すぎてスケール感が伝わらないし、照明もキアロスクーロを意識してなのか、バロック展示の部屋は妙なスポットを利用していて、暗く見づらい!
しかしお目当てのウィトキンの作品は素晴らしかった。彼の作品は写真と言うよりもタブローに近く、ネガ自体に傷を付けたりブリーチかけたり加工を施してあの絵画のようなマチエールを作り出しているのですが、そのプリントを初めてゆっくり見れてとても良かったです。彼の画集を近く購入したくなりました。

写真はバチカンのサンピエトロ寺院内、本物のヴァニタス。時の寓意である砂時計を持つ金の骸骨。

the sweet escape

Monday, March 1, 2010

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die zeit vergeht echt schnell…heute ist 1.mars!!
in japan sagt man “februer flieht.”das ist die wahrheit…hmmmm

bald fliege ich nach xxx.freue mich darueber sehr**ufufu~
eines tages hab ich geschrieben(aber auf japanisch),dass die raise die wasche des geistes ist.das braucht man absolute einmal pro 3 monate,denke ich.denkst du so auch??
die zeit ist wieder gekommen.

dieses foto ist schokohigh-heel von jean paul hevin!kostet 60euro!!!
ich haette sehr gerne dashier und echte sweet escape damit machen auch super gern*
ah ich bemerke jetzt dass auf franzoezisch man pumps als “escarpin” sagt.klingt escape und escarpin bisschen aenlich!
love that sweet escape and escarpin*

Boltanski@grandpalais

Thursday, February 18, 2010

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毎日寒いです。マイナスです。絵の具の乾きも悪いです。
この時期は面白い展覧会もあまりないのですが、たまにはパリの美術事情でも書いてみようと思います。

この所美術系の本屋に行くと必ずボルタンスキーの画集が全面的に押されているなーと思っていたら、グランパレで21日まで彼の大がかりなインスタが展示されているんですね。メトロにも沢山ポスターが。
ボルタンスキーといえば言わずと知れた大物フレンチジューイッシュアーティスト。ホロコーストを扱った作品は以前から気になっていたので是非見たかったのだけど、2度も見に行こうとして、一度はグランパレにまで赴いたのに行き違ってしまい実は未だ見れていない…
ウエブで英語でのインタビューと展示の様子の動画を見つけました。
「会場に流れる音はアートビーツ…」と喋っていて、「?なにそれ」と思ったけど、ああHを発音していないのね。フランス人は英語を喋っていてもどうしてもHを発音しないのでいつも会話で一瞬つまづきます。あの巨大空間におけるUFOキャッチャーは実際に見るとどうなのか…
彼にとって死はいつもテーマに深く関わっているようで、死をおそれる作家などともクリティサイズされていますが、哲学が発達したフランスにおいて芸術家にとっては必須のサブジェクトでしょう。デュシャンは自分で「D’alleurs,c’est toujours les autres qui meurent.」と墓碑銘を刻みました。訳すると「それでも、死ぬのはいつも他人。」
色々解釈されていますが、「死は他人にしか訪れない」という読みが私は一番納得できた。自分は死を自覚できないですから。死を経験するのは他者なのです。先日食事をしたダダイズムの生き証人的フランス人批評家はじきに訪れるであろう自分の死を前に、墓碑銘を何にしようかと話題にあげていました。この死生観はとってもフレンチ。
ちょっと前にデリダも死んで、レヴィストロースも亡くなった今、フランスの現代思想はどうなるのでしょう。

欧州に渡ってからの個人的なビッグイシューは欧州におけるユダヤ人の存在感と戦争に負けることの意味でした。それは最初に住んだベルリンがホロコーストを語る上で事欠かない街であることにも大きく起因するのでしょう。敗戦についてはまた別の機会に書きます。
ベルリンの中心にあるギャラリー街は当然のようにユダヤ人街で、私が関わったギャラリーもイタリア系ジューイッシュオーナーのものでした。そこでイヤと言うほど彼らの商魂たくましさなどを見せつけられ、ユダヤとの関係の浅い日本の私は脳内に新しい次元が生まれるほど驚かされました。何冊か本も読み、彼らが世界においてどのような存在であるかも何となく理解し、なるほどねぇ〜と。
ちなみにパリにもマレというユダヤ人街があり、美味しいファラフェル屋があったりシナゴークが点在しているのですが、やはりというかパリ一番のアートスポット、そしてファッション街です。さすが美食の国なので、ファラフェルもベルリンのものよりずっと美味しい…もちろんお値段もちょいお高め。ドイツ時代に食べ慣れたお菓子やベーグルを買えるブランジェリーも充実しているし、なによりいちいちロマンチックなパリにおいて勝手知ったる雰囲気が出ている懐かしのユダヤ街に居心地のよさを感じてしまいます。

パリのアート状況についても少し言及しておきたいと思うのですが、ドイツから引っ越す前から重々承知の上でしたが、やはりコンサバで懐古的であることは否めませんね。
なんせポロックら抽象表現主義のN.Yに、それまでバロックあたりからじんわりと、それ以降ロココ〜近代まで一人勝ちしてた美術分野をごっそり持って行かれ、その後何一つムーブメントを起こせていないのですから20世紀初頭までの栄光を何度も反芻することでしか文化輸出大国である自分たちの権威を確認する方法がないのです。
国立近代美術館、つまりポンピドーセンターでも未だにシュールレアリズム展が大盛況するし(とても面白かったですが)、至る所でバロック、インプレッショニズムの展覧会があり、果ては芸能の世界でも未だにゲンズブールが大々的にフューチャーされる状況。
正直、新しいものはここにはありません。
永遠の世紀末の街ウィーンに一ヶ月いた時も思ったけど、古都は栄華を極めた時代の亡霊でできあがっているのです。実体はとうに灰になっていて、そこにあるのはアフターイメージ。ベルリンはまた別のタイプのゴーストで形成された街ですが、いかんせん東京と同様に戦後焼け野原で何一つ残らなかったので新たなクリエーションのみがリスタートの条件だった。隣り合わせの国ながら、こうも違う二つの都市に最近住んだので差違がとても新鮮に映る。
フランスは惰性で回る車輪とはいえあらゆる文化面で世界の羨望を集め続ける国なのですから、美術においてもがんばって欲しいと思います。私はここでは所謂エトランジェですからエトランジェなりに亡霊達との共存を試みます。
旧約聖書などのコンテクストから遠く離れたオリエンタルにとっては西洋のお化けはちっとも怖く感じないのです。
三度目の正直でもしボルタンスキー展みれたらレビュー書こうかな。

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