monologue about the languages #1

Friday, August 13, 2010

帰国して間もないですが今日は言語についての独り言、あくまで自分の実体験に基づいた解釈について記しておこうと思います。 フランス人じゃないけど、私にとっても言語は非常に大切な要素。 もちろんこんな切りのないなテーマに不肖者の私が向き合うのですから散漫に終わるのは目に見えているのですが…どうぞおつきあいください。 一度に載せるには長文になりそうだったので、何回かに分けて書いていきます。 初日の今日は私と外国語の関わりについて。  私の親戚には日本語が全く話せない欧州系の人間がいて、幼少時から外国人が割合身近でした。高校生の時にはその家にホームステイをして一夏を過ごしたり、いとこにくっついて現地の高校の授業を一緒に受けてみたり。欧州のマイナー言語を話す国の人たちなので、彼らとコミュニケーションをとろうと思うと必然的に英語をしゃべらざるを得なく、別にうまくはなかったけど第二言語を話す事自体への抵抗は平均的日本人よりは少なかったはずです。  海外留学を考え始めた頃幸か不幸か全く英語圏に興味がなく、前回書いたようにドイツに一直線に向かってしまったため、当初の私にとって宇宙語に匹敵するようにも思えたドイツ語を勉強するはめになりました。ドイツ語を話せるようになるという事は宇宙人になるに等しい事だと真剣に思うほど、獲得が困難そうな言語でした。 でも本当に地道に時間とお金を(語学学校はすごく高額)惜しまずこつこつ勉強していったら、いつの間にかしゃべれるようになるんですよね。宇宙人になった訳でもないのに(笑 大学院生の頃に展覧会して売れた作品のお金の多くを語学勉強代に当てていました。 ドイツに住み始めた頃には独検準一級以上の試験にも合格していたので、耳が慣れてきた2ヶ月目位からわりと苦労せずに過ごせた記憶があります。ボキャブラリーがない頃は毎日電子辞書を持ち歩かないと不安だったけど、例えば薬局でわからない商品名などがあっても裏の説明を読めば内容が推測できるようになったのがだいたい半年目くらいだったかな。 このように言語にはある瞬間ふっとわかるようになった自分に気づく瞬間が誰にでもある。  ただドイツ語がちょっとできるようになってくると、もともとあったなけなしの英語が頭の片隅に追いやられてしまい、ただでさえゲルマン語族同士似通っているので、英語を喋らなきゃいけない時にもどうしてもドイツ語が出てきてしまう症状に悩まされます。多くの第三外国語を習得中の人間にみられる兆候です。  しかし逆によく似た言語同士なので、特に勉強しなくてもいつの間にか英語も以前より話せるようになっているという嬉しいオプション付き。  パリに住む事が決まった時には、特に言語に対する不安はありませんでした。 第三言語まで勉強していると、もうあといくつ増えようが体得するまでの個人的ノウハウが出来上がっているのでモノにする事が不可能ではないという自負が芽生えたからです。 実はそんなに努力しなかったけど、意外とできるようになってしまったフランス語。文法とか単語とかあまりにゲルマン語とかけ離れていたので、最初はまーーーったく理解不能でしたが。読まないなら書かなきゃ良いのに…って思うくらいスペルが無駄に長い。  しかしパリに住んでいた間ドイツ人の友人があまりいなかったため、せっかく勉強したドイツ語はだいぶ腕が落ちたと思う。とってもくやしい。。。  聞いた話によると国連に勤めるには母国語以外に最低三か国語を話せなくてはいけないらしいけど、私の英語ドイツ語フランス語では到底そのレベルに達していないだろうなぁ だって国連レベルって多分ネイティブばりに話せる事を言ってるんでしょうから。。 まあ良いんです。国連に勤める可能性なんてゼロに近いし、あくまでアーティストが活動上必要な分だけ喋れれば。  言語って集団心理が大きく関わっていると感じます。 周りがドイツ語でものを考えていないと、私もドイツ語で思考する事が困難になるし、周りがフランス語で考えていれば、自然と私もフランス語を理解できるのです。フランスの空気がフランス語を含んでいるんです。空気が人の意思を伝達してくれます。  エヴァンゲリオン(大好きーーー!!)では一番最初に操縦者がエヴァに自分の言語を設定し、もしその他の言語で思考したり発音してしまうと正確にオペレーティングシステムが作動しないという設定があるのですが、私にとってこれすごくリアリティーがあるんですよね。 上記を例にとるなら、私がパイロットで周囲がエヴァ。また反対でも良し。 双方の言語が共通していないと、正常に機能しない。フランスで喋るドイツ語は喋ろうとすると脳内に大量のノイズが入ったように、引き出してくるのが難しい。 母国語である日本語ですら、外国においてはすらすら喋れない時がある。空気中にまるで日本語が含まれていないからだ。 ちなみにアスカの喋るドイツ語はイントネーションが全部にわたりおかしくて、何を言っているのかさっぱりわかりません。。  そうそう、ベルリンの語学学校の先生が教えてくれた面白い言語の定義を今回の締めに記しておきます。 それぞれの言語がどのような立場にあるかをユーモラスかつアイロニカルに表したものです。 それは以下のようなもの。  英語はすべての人のためのもの。  フランス語は愛をささやくためのもの。  イタリア語は歌を歌うためのもの。  ドイツ語は…命令のためのもの。犬や軍隊に指令を出すためのことば。 なんて気の利いた定義付け。こんな事言えるドイツ人ってやっぱり頭良いなぁ そしてちょっぴり卑屈。  気の遠くなるようなガチガチの文法に守られているドイツ語は、確かにロジカルなドイツ人にぴったりというか、言語自体がロジカルにできているんです。言語が文化を創るし、人を作る。 本当に言語って面白い。

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