こんな夢を見た。

Thursday, July 29, 2010

gau タイトルは漱石の夢十夜における有名な書き出しですが… 昨日明け方あまりに印象的な夢を見たのでノートしておきたくなりました。  夢の中で私はいろいろな街を観光しているみたいだ。ガウディー建築のような複雑な建物などを歩いた。 それまで曇天のヨーロッパにいたと思ったら、次のシーンではよく晴れた日本にいた。 私は一人ではなく誰か友人と一緒にいたがそれが誰かはわからない。 少し歩くと急に視界がクリアになって、とたんに美しい神社が目の前に現れた。 ここに来るまでの過程で鳥居は見なかったが、それが神社であると直感的に察した。 おもわず私の口から「わぁ」という声がもれた。 神社の拝殿には川が流れ込んでおり、宮司さんたちが参拝客を乗せて船をこいでいる。 晴天の青と神社の色彩で見た事もない位美しく感動的な光景だった。 私たちは川の横にある道から拝殿に入って行った。 中はほの暗く沢山の参拝客で込み合っていた。私はそこでお説教を聞き、その場を後にした…  この日は頭痛で目が覚めるような体調だったのだけど、この夢があまりに鮮明で起きてからも何度も夢の映像を反芻しては、幸福な気持ちになった。あんなきれいな神社の夢を見るなんて、これからの自分の展望に希望の光が降り注いだような気がしてなりませんでした。 晴れた日の神社は空の青と、鳥居の赤で日本美の極致だと思います。  夢十夜は実際に漱石が見たという夢を10話の短編としてまとめた本です。しかし彼の見た夢は高尚な聖職者の見る夢であったり、医者の見る夢であったりと、彼がただの小説家ではない事を伺わせます。  一説によると夢日記はずっとつけていると気が違ってしまうそう。 毎日毎日つけていると、そのうちどういうコンディションだとどういう夢を見るのかわかってしまい、現実よりも夢を見る事を好むようになり、ついには気がふれてしまうんだそうです。有名なアーティストにも一人夢日記をつけていておかしくなった人がいますよね。  夢に出てくる物や人はすべて存在します。自分が過去に見た物や会った人しか夢に見る事ができません。それは自分がまったく意識していない場面(例えば電車の中ですれ違った他人や、一度通っただけの道など)を脳は記憶しており、それが夢の中で再構築されて脳内スクリーンに投影されます。  フロイト先生に言わせたら夢は何でも性のメタファーになってしまうので首をひねる事も多々ありますが、激動の19世紀に無意識そのものを発見したその功績は皆さんご存知の通り美術にも大きな影響を与えました。特にフランスのシュールレアリズム運動は色濃く影響を受けたわけですが、そのフロイトの孫、ルシアン・フロイトの回顧展が今ポンピドーでやってます。 画家フロイトの回顧展は以前デンマークのルイジアナ美術館でたっぷり見たので、今回も一応ポンピには行ったけど、新しい発見はなにもなかった。  それより今jeu du paumeでやってるWilliam Kentridgeの展示「5 themes」がすばらしい! 南ア出身でN.Yで高い評価を受けているケントリッジですが、やはりどこかヨーロッパにはないスタイリッシュさが新鮮。 木炭で書いた絵を動かすアニメーションが彼の持ち味ですが、手作業のみが表現可能なあの作品の強度。すばらしいの一言。 ていうかよくよく考えてみたらパリでまともな現代美術の展示見たの初めてかも…

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